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【小編小説】アイツ

山根あきらさんの企画に参加させて頂きます。
素敵なお題をありがとうございます✨

難しかったです💦


地区大会の予選試合、せっかく代打で出してもらえたのに・・・・・・。



2アウトランナー1塁で、代打でバッターボックスに立つ。僕は唇を噛んだ。緊張すると噛む癖があって、唇は傷だらけだ。
狙いを定め勢いよくバットを振った。

すぐにフライアウトになってしまった。ベンチに戻った僕は、監督から声も掛けてもらえなかった。その後は、ずっとベンチを温めていただけ・・・・・・。

僕は野球を続けていく資格なんてあるんだろうか? 守備だってミスばかりで、試合に出ることはほとんどない。

その日の試合は、3対2で負けた。僕があの時、もう少しましなプレイができていたならと後悔が募る。あと少しのところで予選で負けてしまったから、みんな浮かない顔をしていた。帰りのバスは誰も喋らなかった。僕は、無言で責められているような気持ちになった。いつものグランドに到着すると、監督は、まだ相当怒っていた。ミスをすることに対して容赦ない。僕は名指しで叱られた。


家への帰り道「やめたい、やめたい、野球をやめたい」
僕の頭の中で同じ言葉が何度も何度も繰り返し聞こえて、あちこちにぶつかった。


「野球を辞めること」以外何も考えられなかった。
「野球をやめたい」
と言ったら父さんはどんな顔をするだろう?
僕は無心になって帰り道を歩いた。

突然、アイツと目が合った。
この灼熱のアスファルトの上で、アイツは目をギラギラさせている。
振り上げた薄緑色の手の先は、鋭い鎌のようにとがっていた。

アイツが僕に勝負を臨んでいるのだろうか?


僕はアイツにさえ勝てそうな気はしなかった。だってアイツは自分より大きなヤツにも立ちむかっていく勇気をもっているから。この前の理科の授業で、アイツがカエルを捕獲して食べている動画を見たばかりだった。

僕はアイツから視線をそらすと、知らんふりしてその場を通り抜けた。


何事もなかったかのように「ただいま」を言い、シャワーを浴びて、味噌の香りにつられてキッチンへ直行した。父さんは、向こうの部屋のテーブルで野球中継を見ている。「あのさ・・・・・・」僕は喉まで出掛けた言葉を飲み込んだ。

そういえば昨日、岐阜のばあちゃんちからダンボールに入った栗が送られてきていたんだった。僕は、栗御飯を三人分茶碗によそった。母ちゃんは味噌汁をよそっている。テーブルの上には、大好きなマーボー茄子が用意されていた。僕が補欠でも試合の度に、母ちゃんは好物を用意してくれているんだよな。


僕は、栗御飯を食べながら、アスファルトの上で誰かが通る度に必死に闘おうとしているアイツのことを思い出していた。
熱っせられたアスファルトで焼かれそうになりながらも、懸命に生きているアイツのことが、ちょっと格好良く思えた。


栗ですよねぇ?👀