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【掌編小説】内なる声に従って~三日月の夜に~

山根あきらさんの企画に参加させて頂きます。

 あと4か月で大学生活も終わりだと思い始めた頃から、同じゼミのミナコに対する思いは募るばかりだった。彼女の瞳はいつも憂いを含み、唇は薔薇のように紅色に艶めき、その美しい微笑みは誰もを虜にした。長い黒髪がよく似合い、学食で見掛けるとそこだけ輝いて見えた。
 サークルにも参加しないでバイトに明け暮れ学費を稼いでいた僕にとって、ゼミで見掛ける彼女は唯一の大学生らしい生活の象徴だった。だが、ゼミの活動でたまたま同じグループになった時以外は、喋ることも接点もなく月日は流れていた。

 三回生になる時、迷わず彼女と同じゼミを選択したのは、講義中に彼女の横顔を見ると安らぎを感じたからだ。ゼミで彼女のディべートを初めて目にした時は、感動した。その課題意識の的確さや論点は、他の人が思いも寄らない類いのもので、彼女が主張する意見に誰もが納得した。僕にとって憧れの存在で、同じゼミを選択したことに満足していた。

「吉澤くん、今度のテーマ、一緒にリサーチしない?」
 ふいに彼女に声を掛けられた時は、天にも昇る気持ちだった。



 彼女と一緒にいると、自分までみんなの注目を集めているような気持ちになった。これまでにない充実感と高揚感に包まれた。なぜ、僕に声を掛けてきたのかは不明のままだった。自慢じゃないけど僕は、ごく普通の平凡な大学生だったのだから。しかし、僕たちは次第に一緒に過ごす時間が増え、気付いた時には男女の仲になっていた。



しかし、予期しない出来事が起こった。




蜜月は、あまりに短く過ぎ去って行ったのだ。




 最初は、僕を立ててしおらしくしていたミナコだったが、ことあるごとに、僕の選択したことについて口出しをするようになったのだ。


「その色はあなたには似合わないと思う」
「そのメニューは栄養バランスが悪いから、こっちにしよ!」
「そのレポートのテーマは時代に合ってないかな?」



何が正解なのか僕は次第にわからなくなり、自分を見失った。


 4年間、憧れ続けた長い年月は、完全に僕の判断力を鈍らせていた。自分から別れることさえもできなくなっていた僕は、大学生活が早く終わることを待ち望むようになった。


 大学の卒業式の前夜、僕は内なる声に従って彼女の前から姿をくらますことにした。彼女が友達と卒業旅行に出掛けた3日間のうちに引っ越しを済ませていたのだ。アパートに鍵を掛け学生生活と決別した夜、見上げると三日月が浮かんでいた。









見出し画像に須木本りくさんの素敵な画像を使わせて頂きありがとうございます。