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きれいなものを身につける功徳

きれいなものを一つ身につけている功徳は、今日のいやなことを忘れさせてくれるし、明日を思いわずらう心を薄くしてくれることです。

秋山ちえ子「帯揚げ」「クロワッサン」1992年4月10日号

母の思い出話に出てくる台詞。子供たちが「おメカケさんちのおばさん」と呼んでいた人が風邪で寝込んだ時、近所のよしみで世話をした母に、彼女は美しい鹿の子絞りの帯揚げをお礼にもってきて、小さい声でこう言ったという。夫の看病に明け暮れ、いつも年寄りじみた着物を着ていた母が、以来帯揚げだけは美しいものをするようになった、というのである。娘である筆者はこの話を、「夫が片足切断という交通事故にあった時」(同書)に聞かされた。

何かを予知したわけでもあるまいが、この随筆に強くひかれた翌年、事情により息を詰めて暮らすようなことになってしまった。しかしたとえばきれいな指輪をはめたところで「明日を思いわずらう心」は変わらない。ずっと後になって、同僚に勧められた食パンを食べて陶然としている時、自分はきれいなものではなくおいしいものに心を奪われるらしい、ということに気づいた。

今日に疲れ、明日を思うのも辛い、といった時には、視覚でも味覚でもそれ以外でも、とにかく自分の感覚を喜ばせてやれば、当座の力を呼び覚ますことができるのかもしれない。  (2016.11)

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