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上機嫌の価値

宙「猫は役に立たないね」
先生「一番役に立ってるさ」
宙「働いてないよ?」
先生「いつも機嫌がいいじゃないか それでこちらも居心地いいのさ」
先生「自分がここにいていいって 一日に百回も認めてもらってるようなものなんだ」

深谷かほる「夜廻り猫」355

「宙」は、人間の「先生」と一緒に暮らす猫である。風邪で寝ていた「先生」が自分のために食事を作ってくれるのを見て、「猫は役に立たないね」という。

自分は基本的には毎日わりと機嫌良く暮らしている方だと思う。それでも、一緒にいる人の機嫌にひきずられて不機嫌になることはある。それが好きな相手で、不機嫌の原因が自分なのではないか、と思いでもしたら気が気ではない。おどおどしたり暗くなったりすることもある。逆に、好きな人が自分と一緒にいる時ご機嫌で、つられて自分も、という時はうれしくて仕方がない。ある人にその話をしたら、「相手がご機嫌だから私もご機嫌」ではなく「私がご機嫌だから相手もご機嫌」という世界観を持つといい、と言われた。大切なことを言われたと感じたが、意味するところはよくわからなかった。

しかし「先生」が猫にわかるように(!)やさしく説明してくれたおかげで、誰かと一緒にいる時機嫌よくしていれば、相手は存在価値を認められた気になる、ということがわかった。それなら、「相手の上機嫌を見て、自分の存在を認めてもらった気になる」よりも、「自分の上機嫌を見せて、自分が相手の存在を認めてあげる」方が、相手にとってはうれしいだろう。

この「上機嫌」の大切さを、手を変え品を変え説いておられるのが田辺聖子さんだ。対談集にもたとえば

上機嫌っていうのは、赤の他人同士が一緒に暮らしていく上で、大変な宝物になると思いますよ。

 田辺聖子『男と女はぼちぼち』

とある。そりゃあ相手が不機嫌だったら辛いよね、とわかったつもりでいたのだが、それだけの話ではなかったようだ。

情けは人のためならず、上機嫌は自分のためならず。 (2019.1→2024改)

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