【書評】中野剛志『資本主義の預言者たち』

Amazonの高評価にひかれて「奇跡の経済教室」を買って以来、この著者の本は絶対に読まない、と誓っていたが、Kindle Unlimitedで出ていた「資本主義の預言者たち」をつい、読んでしまった。意外なことに本書はなかなかの名著だった。

本書にも、著者の経済に関する一方的で偏った考えが、あらゆる個所に垣間見られるため辟易とするが、それでもミンスキー、ケインズ、シュンペーター等に関する記載は、簡潔、かつ興味深く書かれており、さすが元官僚の文章能力は凄まじいものがあるな、と感心した。

プロローグでは、筆者の信じる以下のフレームワークが繰り返し説明される。

① 戦後、ブレトンウッズ体制の下、各国は国際協調よりも自国の経済政策を優先し、そのおかげで高成長を達成。その間、貧富の差異が縮まった。

② ところが1970年代以降、新自由主義が席巻、小さな政府を指向する風潮となり、関税を削減・廃止するWTO体制となり、グローバライゼーションがもてはやされ、貧富の差が拡大していった。そのあげくに金融危機を引き起こし、グローバリズムは崩壊した。

著者は、この①と②を対比させ、徹底的に①を称賛し、②を貶めている。すなわち、①を賃金上昇と経済成長が好循環をもたらした時期、②を賃金が停滞し成長できなくなった時期。その要因が新自由主義的政策である、と。

「なぜそんなふうに結論付けるの?」と思うことも多く、かなり筆者の主観が混じってる。それでも以下の3つの理由から、本書は読む価値がある。

① ミンスキー、ヴェブレン、ヒルファーディング、ケインズ、シュンペーターについて、独自の視点で分かり易く解説している。

② 最近有名になった「21世紀の資本」のピケティをはじめ、あまり馴染みのないコーエン(フロンティアが消え、米経済は限界に達した)、ゴードン(米経済は今後停滞する)、フェルプス(米経営者は起業家精神を失った)、ラゾニック(企業経営の目的が株価最大化に成り下がった)、ロドリック(グローバル化批判)、パレイ(反新自由主義)、ガルブレイス(財政支出で成長させることはできない。ゆっくり持続的な経済を目指すべき)、コリンズ(ITの発達により中産階級が没落、資本主義が終末を迎える)といった経済学者の考え方のさわりを知ることができる。

③ 筆者の個人的な考えについては賛同できないものが多いため、慎重に読むことにつながり、その過程で、自分とは異なる考え方のロジックの一端を知ることができる。それに伴い自分の考えを再構築することにつながる。もしこの本を読み進めるなか、筆者の考えに納得することばかりであれば、おそらく読むのを止めた方がよい。あなたは盲信モードに入っている。この本は、事実(過去の経済学者たちの著作に実際に記載されていること)と筆者自身の「思想」が混在している。よって、両者の区別がつかず、筆者の「思想」をも事実と思い込むようなら、あなたにはこの本を正しく読みこなすことはできない。

ここではミンスキーのみを対象に特筆すべきと思われた何か所かのみ紹介したい。

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ミンスキーは、サブプライム危機を予言したと言われ、当時、にわかに有名になった経済学者。その特異な考えが分かり易く記されている。

しかし、私にとって最も印象深かったのは以下の記載。

金融の技術革新こそがバブルの引き金であり、恐慌の不吉な前兆なのだ。

金融危機前は、まさにそのような状態で、クレジット・デリバティブ、モーゲージバック・セキュリティ、コラテラライズド・ローン・オブリゲーション等、一般人にはわけのわからない複雑な金融商品が次々と開発され、連日、新聞には3、4千万円の年収でファイナンシャル・エンジニアを募集する広告が出されていたものだ。

金融引き締めによる資金不足は、革新的な金融技術の開発のインセンティブとなった。

これは、まさにその通りではないか。リーマンショック前の銀行の一番の課題は、いかに資金調達するか。貸出機会はいくらでもあった。よってどのように資金調達してくるかが重要であった。そこで生み出されたのが、すでに誰かに貸した「貸出債権」を投資家に売り(流動化)、その資金でさらに貸し出しを行う手法。さらに、ペーパーカンパニーを設立し、自らの資金を使わないで投資家から資金を調達(オフバランス調達)する手法。あるいは、資金を介在させずリスクだけをやり取りする手法(クレジットデリバティブ)。これら金融技術革新が、過剰な信用創造を引き起こし、やがて連鎖的に破綻していくことになった。

以下の記載も考えさせられる。著者(中野氏)の「思想」に通じる面がある。

金融恐慌を抑止するため、政府支出は、民間投資の低下を相殺できるように、大きなものであるべきである。そのためには、GDPに占める政府支出の割合を民間投資と同じくらいか、それ以上にまで拡大するのが適当であろう。

戦後の資本主義を見ると、金融危機は起きるが恐慌にまで発展しなくなっている。その理由が、①最後の貸し手としての中央銀行の存在(信用収縮が始まると中央銀行が適時に資金を市場に提供)と、②大きな政府。

大きな政府は、非効率な産業構造を温存する防壁となる。その結果、生産性が低くなるとともに、供給制約によるインフレーションを起こしがち。しかしミンスキーによると、それは「深刻な恐慌を回避するために、支払わなければならない代償」である。不況期には民間需要は減退するが政府支出は維持されるからである。

私は、政府事業は非効率であるとともに、民間の活力を奪う傾向があり、最小限にとどめるべき、と考えている。それでも、上述のミンスキーの考えは一理も二理もある。

一方、以下のようなことも言っており、興味深い。

高い法人税は、企業の財務構造を負債依存型にする効果があることから、法人税は廃止すべきである。

ファイナンス理論によると、税金がなければ借り入れによる調達と、株式発行による調達で企業価値の差異は発生しない。しかし、法人税がある場合は借り入れによる調達を増やすことにより支払金利分を利益から差っ引くことにより、税引き後の収益を増やすことができる。筆者はそのような借り入れ体質を嫌っている。

一方、ところどころに登場する著者(中野氏)自身の考えについては、賛同できないことが多い。あるいは、理解さえできない。

日本における平成不況化の構造改革の方向性は、まさに日本型の父権的資本主義あるいは経営資本主義の破壊、そしてマネー・マネジャー資本主義の成立を目指すものであった。

具体例がなく、意味が分からない。著者いわく、橋本内閣による財政構造改革の結果として、「金融恐慌ともいうべき事態」が起こり、さらに、小泉政権が緊縮財政を行い、もう一度「それ」がおこった、と。北海道拓殖銀行の破綻など一連の金融危機のことを言っているようだが、財政構造改革との因果関係が書かれておらず、理解できない。以上の記載を持て、短絡的に「構造改革をすると、金融恐慌が起こる!」というように盲信してしまう人は、この本を読むのは避けた方がよい。

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以上で紹介終わり。あなたが批判的精神を発揮しながら読むことができるのであれば、この本は大きく視野を広げてくれる。

あなたに批判的精神がなく、著者の言うことを盲信するのであれば、視野を狭める結果になる。

それはあなた次第です。

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