現在地のかくにん。*3月-6月ふりかえり*
【このノートを書く背景】
・昨日の講義で、自分が当たり前になりすぎているところに、たくさんの原石があること、ヒントがあることに気付いたこと。
・「屋久島でなにしてたの?」「なんで屋久島にいったの?」と聞かれて、うまく言葉にできなくて、悔しかった。その言葉を聞いて心の中ではぶわー!!って湧き出てくるものがあるけど、どう伝えていいかわからないかなしみ。
・アウトプット9:インプット1 でいいという記事を見つけた。
【このノートを書くときに大事にすること】
・うまく書けないし、文法も日本語もぐちゃぐちゃ だけど、とりあえず書く。投稿する。
【2022年3月】
①インドネシアとわたし
インドネシアで日本語教育するプロジェクトに落選。
受かる気満々でいたから、結構ショックだった。
「インドネシアに関わる自分でなきゃいけない」から解放されたきっかけであったのかもと今気づく。
高2でインドネシアに出会って、高3で1年間スマトラ島に留学して。インドネシア大好きだけど、〇〇でなきゃ!!みたいな義務感が強かったのかもしれない。
でも、いつかインドネシアで仕事してたいと思う。
②車校→感覚で運転することの難しさ
長崎車校でMT免許を取得するはずが、車体感覚むりくてAT車に変更。
教官が、人間的にすんごく素晴らしい方だった。「見える系」の人で、スピリチュアルな話、ハワイ旅行の話を聴けて嬉しかったな。手紙書きます!
③未来塾焚人(スタッフ)参加
未来塾とは、大学1年の最後の春休みに出会った。耶馬渓→屋久島→屋久島(焚人参加)って流れだったんだけど、こんなに参加し続けるとはあんま思ってなかった(笑)
もともとインドネシアで日本語教育するプロジェクトに受かったらこっちには参加しない予定だったから、焚人やるときも、インドネシアに落ちた悲しみがでかくて、ただ屋久島に行けることやスタッフ側でメンバーと関われる喜びくらいしか予感してなかった。
結局この未来塾で、本当の自分の願いに繋がることができて、結構進んできた感じがある。
車校が終わったら、ふつうに別府に帰ってきてキャンパスライフ送ろうと思ってたけど、
今、屋久島行きたい!!!
ってなって、親に話して、いろいろ言われて、色んな人に相談して、もう一回伝えて、オンライン授業受けながら屋久島で2か月過ごせたのだった。
【4月】
・車校卒業
・屋久島到着
・結の焚火会参加
・龍のまつり参加
なんとか車校卒業出来て、長崎から屋久島へ。
屋久島では、りんとあかりん(未来塾のメンバー!)が住むお家、Oiwaiにミニ居候させてもらった。
未来塾でしか屋久島に来てなくて、未来塾で出会う屋久島の自然しか知らなかったなか、
やっくん(未来塾やっている人)とりんの職場である研修センター主催の屋久島島内ツアーに参加!
晴天で、滝みたり、海でお昼食べたり、西部林道歩いたり、最高の時間だった。
未来塾以外で見たことのなかった屋久島の自然と、2人の姿に出会えて嬉しかったのだ。
他のことは記憶が薄れてしまっている、、、
【5月】
・あかりんのともだちまどちゃんと過した♡
・もりのお話し会合宿
・ヒッチハイク
・結の焚火会参加
・韓ドラに沼る
あかりんのお友達がきて、これまた楽しい充実した時間で満たされた日々が続いたん。
あかりんは東京と屋久島の二拠点生活をおくってて、4月の中旬位から屋久島で一緒に生活してたのだけど、
いつも未来塾中にみるあかりんとはちがう、日常のあかりんと出会えて、またまた心が満たされたのだった。
あと、カヒコの奉納があるということで、ヒッチハイクして安房から宮之浦まで行ったのだ。緊張したけど、2人のドライバーに恵まれ無事カヒコをみることができた。帰りもカヒコを見に来てた方の車で送ってもらったのだった。
【6月】
・屋久島調査
・beの肩書屋さん
・別府帰省
・アウトプットすることのもやもや
ついに、大学の後輩たち調査という名目で屋久島にきたのだった。いろいろありすぎてまだまとめられないのだけど、わたしの生き方を受け入れる土台になった機会だったと思う。
ダメダメだけど、やるしかない。でもやり続けているとダメダメだと意味付けしてたものが、全部最善の選択だったかもとハッと気づくときがあって。刺激的な日々でした。
調査では、やっくんとささっちょにインタビューをした。
やっくんは、未来塾、ささっちょは焚火会などである程度関係性はあったのだけど、2人の口から色んなことをきけて本当に濃い時間だった。
なによりも2人の話を聴いて感化される後輩や友人の姿が印象的だった。
みんな来てくれてありがとう!屋久島天気最高だった!やっくんささっちょ、ありがとう!
調査を終えた後、「あり方」について考えたくなって、
あかりんがやっているbeの肩書屋さんをやってもらった。
肩書をもらってからの方が、更に悩んだり、自分の感情に耳を傾けやすくなった感じがあって、面白いなーなんて思うのであった。
別府に帰ってからは、
屋久島にしかないと思っていた自然たちが大学のキャンパスや、家から駅に向かうまでの道にたっくさんあることに気付いて、すごく感動した。
この感覚?を表現したくてInstagramも始めた。
でも帰ってきて、屋久島で当たり前になっていた自分の感覚に気付くことやその感覚を誰かに伝えることの難しさを痛感してる気もしてる。
だからこうやってアウトプットするところからはじめたいと思う。
読んでくれてありがとうございます!
良い1日になりますように!