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小説「オチルマケル」削除ネタ0007

0007 人形のような女の子

 この世界に転生して7年が経ち、学校の生徒になった僕にも楽しみの季節がやってきた。  
 夏休みが始まった。  
 前世と違うところは、この世界では夏休みが3か月あるというところ。  
 日本の学校も見習ってもらいたいものである。

 とはいえ、日本には戻れないのだが。

 夏休みとはいっても、この領地は通年初夏なので、夏でも過ごしやすい。  
 では、夏休みという行事はどこから生まれたのか。これは王国全体の話になる。  
 王国では地域によって、通年冬だったり秋だったりする。  
 王都のみ四季というものが存在する。  
 王都を基準にこの季節は夏休みとなるのだ。

 夏休みはそれぞれ帰省・・・ではなく、ボルヌィーツ伯領に来る貴族たちが多い。  
 理由は、秋の国と冬の国は暖かさを求めるが、夏の国の太陽は強すぎるからだ。  
 夏の国の人には秋の国の気候が肌寒く、春の国の人はアウトドアレジャーを楽しみたい。  
 だから、常に初夏のボルヌィーツ伯領は理想的な場所として人気がある。

 夏休みに合わせ、行商人もやって来るのだ。  
 もちろん、観光にやって来る貴族たちに商いをするのが目的だ。  
 こうした人たちから入国税などを徴収することで領地が潤うため、ボルヌィーツ伯領の住民たちへの税率は低い。  
 宿屋を利用するよりも税率が安く済む別荘が多く建つわけだ。

 前世なら「夏の宿題がー!」と悩んでいたが、この世界には夏の宿題がない。  
 ただ、夏休みが終わってすぐに実力テストがあり、その成績次第で授業の内容も変わってくるので、いくら宿題がないと言っても自主的に勉強はしないといけない。

 でもね、夏休みだから、やっぱり遊びたいよね!

 学校が終わった日、友達と一緒に帰りながら夏休みの計画を立てていた。  
「今年の夏休みはどうする?」とクリスが聞くと、リリスが元気よく答える。「やっぱり森の探検だよね!去年見つけた滝の奥、もっと探検しようよ!」

 僕は友達と4人で毎日のように遊んでいる。  
 何をしているかと言うと、ほとんどが森の探索や川遊びをしている。  
 時には農作業や牛の世話を手伝っているので、大人たちから怒られることはない。  
 たまに勉強しろと注意はされるけど。

 ボルヌィーツ辺境伯領は本当に美しい場所だ。広がる緑の草原、澄んだ川のせせらぎ、そして森の中には大小さまざまな動物たちが生息している。僕たちは毎日が冒険だ。

 そんな感じで毎日遊んでいるわけだから、当然の如く、全員真っ黒に日焼けしている。

 今日も友達と朝から遊んで昼ご飯を食べに戻ろうとした帰り道。  
 僕の家は領主の家なので、挨拶にやって来る貴族たちなどの来客が多い。  
 今日も毎度のように、一台の馬車が邸宅の門前に止まっていた。

 その馬車から降りてきたのは真っ白なワンピースを着た少女。  
 肌が透き通るように白く、鮮やかな白金色の長髪は初夏の風に揺れ、澄んだ緑色の瞳が印象的だった。

「すっげ~可愛い子だな!」  
「うんうん!」

 僕たちは固まって少女を眺めていると、  
「ちょっと、私もいるんですけど!」  
 両腕を腰に当て仁王立ちのリリス・デグレチャフが頬を膨らませている。

 リリスは確かに可愛いが、強気な性格で男子と同じ遊びを平気でする。虫や蛇なども平気で掴むので、たまに女の子ということを忘れてしまうのだ。

「だってよ、あの子は絶対に虫とか触れなくて『キャー、怖〜い!』とか言ってると思うんだよね!それに比べてお前はな・・・。」  
「何よ!私だって、『キャー、怖〜い♡』ぐらい言えるわよ!」  
「やめてくれ!気持ち悪い!」  
「なんですって!」

 そうそう、常に強気な女の子、リリスはこの方が魅力的なのだ。

 門から出てきた父さまと挨拶に来た貴族がちょうど僕たちが騒いでいるのを見つけて、手招きをした。  
 どうやら、僕たちにも紹介をしてくれるそうだ。

 父さまは、  
「みんな紹介するよ。この方は王都からいらっしゃったミラー伯爵とそのお嬢さんだ。夏休みの間はこの領地にいらっしゃるから、みんな失礼のないようにな。」  
「皆さん、こんにちは。私はミラーと言います。そしてこれは私の娘の・・・。」  
「リア・ヴェール・ミラーと申します。」

 そのお嬢さんは、ワンピースのスカートの端を持ち上げてお辞儀をした瞬間、風が吹いて白銀の髪を揺らした。  
 真正面から見ると、本当に美少女というのがうかがい知れる。

「どうか、我が娘と遊んでやってほしいのだ。」

 ミラー卿のいうことはわかるのだけれど、僕たちの日焼け姿からほど遠いお嬢さんが僕たちと遊べるのだろうかと思い、  
「あの、僕たちは毎日、外で遊んでいて泥んこになったりするのですが・・・。」  
 と、クリス・スチュワートが恐る恐る聞いた。

 そのクリスの質問に対し、ミラー卿は、  
「実はな、私も元々は辺境で育ったのだよ。娘にも、自然の良さを知ってもらいたい!泥んこ遊び、大いに結構!遊びに誘ってあげてくれ。」  
 僕たちは、この人形のような少女と友達になれるんだと思うと、喜ばずにいられなかった。

「初めまして!私はリリス・デグレチャフ!リリスでいいわ!女の子同士、仲良くしましょ!」  
 リリスは、リアの手を取ると半ば強引に握手をし、その手を上下にブンブンと振り回した。
 少し驚いたような顔をしていた少女だったが、その顔は薄い笑顔へと変わっていった。

 リアは初めて見る自然の風景と、元気なリリスに少し戸惑いながらも興味を抱いたようだ。  
「これからよろしくお願いします、リリスさん。」

 リリスはミラー卿を見上げると、  
「おじさまと呼んでもよろしいでしょうか?」  
 このリリスの発言にミラー卿も少し驚いたが、すぐに顔をほころばせて  
「ああ、私のことはおじさんで結構!仲良くしてやってくれ、頼んだよ。」

 今日は引っ越しも兼ねての挨拶だったので、遊ぶのは明日からにして欲しいとのことだった。  
 邸宅がある場所を聞き、ミラー父娘を乗せた馬車は去っていった。

「どうだ?リアちゃん、かわいかっただろ?」  
 父親のルロンは悪戯っぽい笑顔を浮かべた。  
 からかいたかったのだろうが、純粋な子供たちには通用しない。  
「すっげー可愛かった!」  
「人形だぞ!同じ人間と思えない!」

 男子たちが盛り上がっている後ろから殺気のような禍々しいオーラを発する者がいる。  
「あ~の~ね~、私も女の子なんですけどぉ~…。」  
 背筋が凍るほどの殺気に僕たちは顔が青ざめ、同じようにルロンの顔も引き攣っている。  
「もちろん、この領地で一番かわいいのはリリスちゃんだよ!な!お前ら!」  
 僕たちは、何度も黙ってブンブンと頷くばかり。本気のリリスは本当に怖いのだ。  
「分かればいいのよ、分かれば!でも、リアちゃん、本当に可愛かったわ!私といい勝負ね!」  
 と仁王立ちで腕組みをしていた。

***

 ミラー父娘を乗せた馬車の中には父娘の他に執事と女中メイドが乗っている。  
 卿夫人は他の女中と一緒になって、別荘の掃除や荷ほどき、その夜に催されるパーティーの準備に追われていたため、挨拶は父娘のみとなった。

「どうだ、リア。仲良くできそうかい?」  
 ミラー卿が言った。  

 ミラー卿はなぜ、この地を訪れたのかというと、実は、リアは外で遊んだことがないのだ。  
 貴族の家に生まれたからには貴族らしく振る舞いなさいという妻の方針で、毎日のように勉学とマナー、稽古漬けの日々を過ごしていたのが原因だ。  
 それがストレスとなったのか、社交辞令の笑みを浮かべても、本心からの笑顔は消えてしまっていた。

 リアは車窓から見える景色に目を輝かせていた。広がる田園風景や青い空、そして遠くに見える山々に心を奪われているようだった。

 ある時、そんな娘の教育方針を巡って夫婦喧嘩が起こった。妻は貴族らしい振る舞いを求める一方で、卿は民を第一に考えるべきだと主張した。散々言い合った結果、卿が勝った。『領地の民があってこその貴族だ!』という卿の言葉が決め手となった。

 とはいえ、いきなり民がいるところに行くわけにはいかない。どうするかと考えているところで思いついたのが、領主と民の仲がすこぶる良いと評判のボルヌィーツ伯領に白羽の矢が当たったわけだ。

 地位についてはボルヌィーツよりもミラーの方が上。と言うのも、成り上がりのボルヌィーツに対し、代々と受け継がれたミラーは生粋の貴族である。

 だが、現在の当主は元々は辺境の貴族の次男で、婿養子として迎え入れられた。  
 婿入りをしたミラー卿はこの貴族の在り方に疑問を持ち、数々の改革を実行した。  
 例えば、領地の農民たちに公平な税制を導入し、農作物の収穫量を増やすための新しい農法を広めたり、教育の機会を広げるために学校を建てたりした。  
 そのため、今まで民から煙たがられていたミラー家が、領民から再び信頼を得ることを成し遂げた手腕がある。  
 故に、婿養子といえども、発言力は大きいのだ。

 そんなミラー卿は一人娘に夏休みの期間のみとは言え、稽古などは一切せずに雄大な自然に身をゆだね、思いっきり遊んでもらいたいと思っている。

 揺れる馬車の中で、リアが言った。  
「友達になれそうですわ、お父さま。」

 この時、僕はまだ知らなかった。  
 この少女が、僕の生涯を左右する存在になることを。


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