医者と手術と夕食と
ガシャーン!
街灯のない歩道で鳴り響く…
ひっくり返った自転車のそばに
顔面から血が噴き出している男が倒れていた。
サイレンの鳴り響く救急車の中で
「ここが何処かわかりますか?」
「お名前を言えますか?」
言えるはずがない…男は気を失っている。
ルルルルルル…ルルルルルル!
「こちら救急医療センター!」
「顔から出血している男性を搬送中、受け入れをお願いします。」
「了解しました。男性の状態を教えてもらえますか?」
「20代ぐらいの男性、意識無し、顔から出血多量、バイタルは安定しています。」
「わかりました、準備を整えておきます!」
救急医療センターは慌ただしく受け入れ態勢を始めた…
「ふぁ〜眠い…」
30代後半の男は、カップ麺が出来上がるのを、いまか今かと時計を何度も見ていた…
「先生、急患です!」
「え?他の先生ではダメなの?」
「他の先生達は、みんな他の処置をしていますので、先生しか空いていないんです!」
「う…カップ麺が…」
「そんなことはどうでもいいんですよ!ほら、先生早く!」
青色というより緑がかった制服を着た女性看護師は、名残惜しそうにしている男の腕を引っ張りあげた。
「わかった、わかったから…」
搬送された青年は、報告よりも酷く、顔は膨れ上がり、顎の肉を突き破り骨が出ていた。
「レントゲンとMR、血液検査を急いで!」
男は指示を出し…手袋を着用しはじめた。
しばらくして、青年が検査を終え処置室に運び込まれた。
「うわ〜酷いな、元の顔がわからないじゃん!」
と逝っていると、青年が意識を取り戻したようだ
「ここが何処かわかりますか?」
「お名前、言えますか?」
青年は朦朧としながら
「ココがどこかはわかりません、名前はわかります。」
「…僕は死んだの?」
「大丈夫、死んでないよ。僕はお医者さん、ここは病院だよ。」
「そうですか…」
と言いながら、眠ったのか意識を失ったのか、青年は目を閉じる。
「先生、どうしますか?」
「どうしろと言われてもな〜、こんなに腫れてるんじゃ手術できないよ…」
看護師はキッッと睨みながら、ドスのきいた声で
「先生…」
大袈裟にたじろいた男性は
「わかった、わかったから!睨むなって!相変わらず怖いな!」
「先生がいつまでたっても煮えきらないからじゃないですか!」
「とりあえず、突き出した骨をもとに戻そう。手伝って!」
青年に声を掛ける
「少し痛いけど我慢してください!」
骨のきしむ音が処置室に鳴り響く…
「アアー!」
悲痛に叫ぶ青年の声が激痛を表していた…
「腫れが引くまで2週間はかかるだろう…手術はそれからだ!」
部屋に戻った男性は机を見ながら
「カップ麺が…」
と、肩を落としていた…
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2週間の時間が過ぎた…
「こんにちは!気分はどう?」
2週間も経てば気心もしれて友達感覚にもなる。
「いや〜、腫れが引いてよかったよ!ここに運び込まれたときはひどかったからね!」
「僕の顔、そんなに酷い…?」
「そ、そんなことないよ」
と、体をピクピク震わせながら先生は言った。
「今、笑ったね?」
「…笑ってない。」
「コホン、手術の日が決まったよ」
「いつですか?」
「うん、明日!」
「明日!?」
そそくさと先生は言うだけ言って部屋を出ていくのと入れ替えに看護師の女性、身長が低いからだろうか、小ぶりの体でオーバーリアクションで話してくるのが面白い人だ。
「明日の手術の件ですけど〜同意書にサインくださいね!」
と、大きく振りかぶっで複数の書類を出してくる。
「あの、普通は先生からの説明があるんじゃ…」
「え?先生、言ってないの?まったく。」
「後で説明に行くように言っとくからね〜」
と、忙しそうに部屋を出ていった。
大丈夫なんだろうか…この病院…
しばらくして、慌てて先生がやって来た。
「ゴメン!忘れてた!」
手術の内容
・口の中からメスを入れる
・割れた骨、それぞれに穴を開ける
・プレートで固定する
・縫合
以上。
簡単な手術だと言っていたので
「先生がするんですよね?」
「僕はしないよ。部長がするからね」
「僕は手術、苦手なんだよね」
「…」
手術当日。
簡単な手術とはいえ、緊張はするもの…
「手術室行くよー!」
の看護師の声が聞こえる。
これからドラマみたいにストレッチャーに乗せられて漕ばれていくんだぁ〜!
「これに乗ってください。」
車椅子。
何かイメージ違う。
これだったら、歩いて行くけどな〜
アゴだけの手術なのにパンイチで手術台に乗る。
その手術台は金属丸出しで、ひんやりとした感触が肌にくる。
「大丈夫だからね!」
と、先生が言う。
(アンタがするんじゃないだろが。まったく。)
アゴだけの手術なので局所麻酔で、体も動くし見も見える。当然、耳も聞こえる。
しばらくして「おはよございます!」と一斉に声が上がった。
執刀医の部長のおでましである。
「早速、取り掛かろうか?ミュージック・スタート!」
♪たとえば〜どうにかして〜君の中に入り込んで〜
(え?B'z!このタイミングで?)
「先生、ホントにこの歌が好きですね〜」
「でしょ〜涙で前が見えないよ…」
(オイオイオイオイ!)
口の中に、たぶん血であろう熱い物を感じた。
(切ったな…)
「あれ?」
「どうしました、部長?」
「切る所間違えた!」
「大丈夫、大丈夫、もう一回、切るから!」
(うそ〜ん、マジで?)
「うん、骨が見えたね。ドリルちょ〜だい♡」
(ドリルすんのか〜い!)
さすがに骨をドリルで穴を開ける時は頭の中から音が聞こえるかのように、ギュイーン!ゴリゴリゴリゴリと響く。
(穴を空けられている木材の気持ちがわかる…)
「じゃあ、プレートを…後はネジで留めるだけ…
あれ?」
(!?また?)
「穴が大きすぎてネジがユルユルだわ!まっ、いいか!」
(いいの!?)
手術が進むに連れ緊張がほぐれた手術室の雰囲気のせいか、雑談が始まった。
「部長!今日は何処に行くんですか?」
「手術の日は、やっぱり焼肉だね〜」
「え〜いいなぁ〜私達も連れて行ってくださいよ」
「おっ、いいよ!じゃあ皆で行くか!」
「ごちそうさまです!」
…あの、手術中ですけど…
「僕は、今日も宿直なので、また今度お願いします。」と担当医の先生は言った。
「はぁ〜、終わった終わった。」
椅子に身をゆだねながら、大きく伸びをした。
「部長に捕まると自慢話が長いんだよな〜高給焼肉は残念だけど…」
もう、時間は夕方である。
なんだかんだで手術のやり直しなどで時間がかかったので、昼食もまだだった…。
「よし!今日こそは!」
と、カップ麺に湯を注ぐ。
まだかなまだかな~と割り箸をとぎながら、出来上がるのを待ちながらボソッとつぶやく。
「そういえば今日手術した子が運ばれて来た時は、食べれなかったんだよな〜今となってはネタのひとつか…。」
「先生!急患です!」
カップ麺を見ながら、再び肩を落とした。