小説ちひろ⑦
小説 ちひろ 第7話 可燃ごみと不燃ごみ②
「ぷちブル」には、様々なお客さんが来る。
いいお客さんも多いのだけれど、甘えてくる中年ハゲもいれば、威勢だけ「は」よい人、私に説教をたれる奴、俺は何人もの女をイカセテ来たんだと豪語するけど、まったく下手くそな奴、お酒を飲んで来てプレイ中に寝てしまう奴・・・。
私はそんなお客さんたち全員を「私なりに」もてなす。
大体の人は喜んで帰ってくれる。中には怒る人もいるけどね・・・。
でも、「私なりに」もてなす?ん?相手する?どっちだろう?
ある時、店の帰りに同僚の嬢と飲んだ店で、こんなことを言われた。
「ちひろには、嫌な客はいないの?」
「いい客には本気を出す、嫌な客には手を抜く、それがプロってもんでしょう!」
「より好みをしないでサービスしねぇと客が来ね―ぞ!ちっとあ、ちひろを見習え!って店長が言うのよ!」
「言ってやんなさいよ!酷い客にはドン引きします!吐き気しますって!」
あんまりにもうるさいので、「アマイね!」
私は「相手に手を抜いている事を悟らせない、バレるようなヌルい手抜きはしてないだけ。」
「客に手を抜いてんなって、バレないようにするのが、プロってもんでしょ。」
って、言ってやった。
ぷちブルで働くようになってから、考えてた事があった。
博愛・・・
誠意・・・
優しさ・・・
真面目・・・
健気・・・
移り気・・・
無責任・・・
八方美人・・・
優柔不断・・・
本当の自分はどこにあるんだろう・・・?
考えるのは、随分前にやめた。
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「大谷ちゃん、風俗に通っているんだって!いや〜、お前の事、気に食わなかったんだけど、気にいった!男前だよ、大谷ちゃん!」
酒の席で同じ会社の先輩が、僕の背中をバシバシ叩きながら笑って言った!
「でもな、マジ恋すんなよ。惚れたら、タダのばかだからな。」
グイッっとジョッキを開けて、ゲップの臭い息を吐きながら先輩は続けて言う。
「俺たちは、高い金を払うチンポの一本にしか過ぎないんだよ。お前もそのうちの一本なんだよ。」
「大谷ちゃん、悲しいけれど、これが現実ってもんだ。」
・・・・分かってた、そんなことは分かってた・・・。
でも、あの子だけは違う!と、そう思いたい自分の姿があった。
僕は今、ぷちブルの向かいにあるビルの前で「ちひろ」が仕事が終わるのを待っている。
「試しに、店の前で待って見ろ、店の外じゃ知らんぷり、無視されるだけだからな。」と言った先輩の声が心の中で何度も聞こえる。
「お疲れさまでした~!」
「おう、ちひろ、明日もよろしくな!」
「は~い!」
店を出ると、「征ちゃん」の姿が目に入った。
「ずっと、待ってたんだ。ちひろちゃんの仕事が終わるのを・・・。」
・・・私の事を想ってくれるのは、正直、嬉しい。でもね、あなたは「ただのお客さん。」
私は、ニコッと笑い、手を振った。
信じていて良かった!と天にも昇る思いで僕は立ち上がった。
「良ければ、そこの店でお茶でも・・・」
僕の言葉を遮るように深く頭を下げる、ちひろちゃんの姿・・・
そして、小さく微笑みながら去って行った。
ぷちブルの一室、私の部屋の机の上には、もう来なくなった征ちゃんがくれた枯れかけの花束がある。
「これも、そろそろ可燃ごみ行きかぁ~」
征ちゃんの心はこの花束と同じ枯れる花。
私の心は、決して枯れない造花。
決して枯れることのない、枯れてはいけない、綺麗に咲いていないといけない花だ。
あれ?ひょっとして私は「不燃ごみ」?
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