ponereーポネレー
「今日もきれいにしてあげるからね〜」と
私を毎日拭いてくれる老人がいる。
この老人は「郵便局員」。
1日3回、郵便物を回収にくる人だ。
私の名前を「ポネレちゃん」と呼ぶ。
そう、私は郵便物を受け取るポストなのだ。
私の「居る」場所は公園の近く
平日は朝から老人や犬を連れての散歩
昼は会社員の弁当を食べる姿
夕方になると家路につく人達
夏の夜になると花火で遊ぶ人達で賑やかになるが
今の季節は夜になると誰もいない。
そんな「穏やかな場所」に居る私は、賑やかな場所に居る他のポストよりもゆっくりとした生活を送っている。
昔は通信手段は電話と手紙だけ、とりわけラブレターを私より真っ赤な顔をして投函する人もいたけど
最近は、ネットの普及で手紙を入れてくれる人は少なくなって、たまに手紙を預かるぐらい…
中には、ネットで売買したのであろう人が荷造りしたものを入らないのに、無理やり私の口に入れようとする。
「チッ、入らねーじゃねーか!」と怒り
無実の私を蹴っていく。私は鉄で出来ているから、蹴った本人が大体痛がって帰って行く。
まぁ、こんな感じ。
集配の時間が来た。
「ポネレちゃん、おはよう!今日はまた、随分よごれてるね?すぐにきれいにしてあげるから、待ってて。」と私に向かって左側の扉を開けると、中の郵便物を袋ごと回収していく。
「今日は中もきれいにしようね。」
人間の親に体を洗ってもらう子供の気持ちになる。
つかの間の癒やしの時間。
「また後で来るからね!」
次のポストへ向かうため老人が去る頃には
私はきれいさっぱりとしていた。
ポストは基本、野ざらしだ。
晴れた日は焼けるし、雨の日はサビの原因になる。
強い台風の日でも、いつもの場所に立っている。
なので、少し時間を置くと、すぐに汚れる。
「これはいけない。よし、僕が今日からきれいにしてあげよう!」と言ってきた郵便局員がいた。
その人が、今も私をきれいにしてくれる。
もう、15年以上の付き合いだ。
何で彼が「ポネレ」と呼ぶのかを話しながら、拭いてくれたこともある。
ポストの名前の語源がラテン語でポネレなんだそうだ。
とにかく、この人はおしゃべりだ。
知らない人が見たら、独り言を大きな声で言っている光景になるだろう。
そんなある日、いつも通り私をきれいにしながら、彼はポツリと言った。
「ポネレちゃん、こうやってポネレちゃんをきれいにするのも後数回になるんだよ。長い付き合いだったけど、ありがとうね。」
「?」言っている意味がよく分からなかった。
「僕ね、来月で定年退職するんだよね…」
定年退職?
一度、この場所に設置されたポストは、何十年と同じ場所にいることが当たり前と思っていたポネレからすると、ピンとこなかった。
そういえば、前に回収に来ていた人も数年で来なくなったな…それが定年退職というものなのか?
「たまにはきれいに掃除をしに来るからね。」と
彼は行ってしまった…
ある日は昨日あった話を笑いながら話してくれたり
またある日は、奥さんと喧嘩したと言って来たり
私の横に座り込んでお酒を飲んでいた日もあった。
「情がうつったのかな?…少し、少しだけ寂しい。」
最後の日がやって来た。
「ポネレちゃん、最後の掃除だから丁寧にしてあげるね!」と頭から足まで、隅々きれいに拭いてくれる。
「もう、こんな日は来ないんだろうね…」と思いながら拭いてもらうと、ますます寂しさが湧き上がってくる。
人間だったら涙もでるのだろうけど、私は鉄のかたまりだから涙は出ない…少しだけ歯がゆい。
「元気でね!」
彼は去っていった。
次の日の、集配の時間が来た。
「どんな人が来るんだろう?」と思っていたら
「ポネレちゃん」と私を呼ぶ声が聞こえる。
「え?」と思ったら、若い男性の局員だった。
「あの爺さんに頼まれてね、今日からよろしくね。」と言いながら扉を開け、郵便物を回収する。
あの爺さんだったら、この後にきれいにしてくれるのになと思っていたら、彼が私を拭き始めた!
「教えてもらったんだ。ポネレちゃんは過酷な所にいるから、きれいにしてやってくれってね。」
そう言いながら、掃除してくれる。
「僕の生まれはね…」
「初めて郵便局員になったときに失敗しちゃって…」
話を聞いているうちにきれいになった。
「じゃあ、また明日!」
彼が去っていった。
「彼もおしゃべりだ。」
笑いながら見送った。
ー完ー
ーーーーーアトガキーーーーー
こんにちは!
モカ☆まった〜りです!
いかがだったでしょうか?
ポストを題材にしようと思った時から
「む、難しい…」と思いましたが、
ポストと言う名前の語源がポネレで、そこから
なんやかんやあって、今の「ポスト」と言う名前になったそうです。
ちなみにポストと言う名前は性別で表すと「女性」なんだそうで、この鉄の塊に女性の感情を入れてみようと思ったら、なんとか妄想できました!
一時、僕はポストばかりの写真をTwitterに掲載してました。理由は町並みにマッチする、派手な赤色が好きだったんですよね。
今はネットで気持ちを簡単に伝える事が出来ますが、
小説・アニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」のように、手紙で気持ちを伝えるのも良いと思います。
その時は「ポスト」に投函してくださいね。
それではまた!