小説ちひろ⑨
小説 ちひろ 第9話 聖なる夜と鋭い刃。
「なぁにぃ~!クリスマスイヴに休みたいだとぉ!」
店長の怒号が事務所に響く・・・。
怒られているのは、当然「私」。
「聖なる夜は”精なる夜”なの!寂しさ抱えるチンポが癒しを求めてやってくんの!そんな夜に、No.1のお前がいないのは、おかしいだろ!休むことは、俺が許ッさん!」
「解りました・・・出勤します。」
・・・休んだけどね。今頃、怒りに震える店長の顔が目に浮かぶワ
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グシャッ!何かがつぶれる音が裏路地で響く・・・。
割れたシャンパンボトルを放り投げながら、血だらけの男に殺気を振り撒く女がいる。
女は続け様に男に悪態をつく。
「本当にデートだと思ったぁ?おめでたい人ね。」
店〈ぷちブル〉によく来る質の悪い常連さんだ。頭から血を流している。
頭をかち割ったのは、当然「私」。
「アンタがね、しつこく付きまとう、ストーカー?だっけ、そんなことをしてるから、ウチの嬢がノイローゼになっちゃってねぇ・・・あの嬢は私と違って線が細いから・・・」
顔面に蹴りを入れると、男はうずくまりながら、うめき声をあげている。
「まぁ、ストーカーにあったぐらいで、病んでしまうあの子も悪いんだけどぉ~・・・」
さらに、顔面、かち割った傷めがけて蹴りいれる。
ドゴッという音と共に、男は転げまわる。
「お、俺にこんなことをしてもいいのか?お前の家なんて直ぐに特定してやる!俺は家の鍵ぐらいなんか、簡単に作れるんだぞ!それでもいいのかよ!グハァ!」
さらに顔面に蹴りを入れる。
すると男は観念したのか、「ごめんなさい!もうこんな事は致しません!店にもいきません!だから許してください!」と土下座をしながら謝って来た。
本当ならば、男が滅入るまで、蹴りを入れてやろうと思っていたのだけど、なんだか気が失せた。
「シラケた。もう、帰るわ。」と背を向けた瞬間だった。
ドン!何かにぶつかったような感触が背中を襲った・・・。
「ハッハッハァツ!刺したった、刺したった!俺に逆らうから、こんな目に合うんだよ!覚えとけ!このバーカ!」
私の中の何かがプチッと切れて、男を蹴り上げる。今度は何を言おうが関係なしに、蹴り上げる。
男の眼鏡は割れ、顔の原型がなくなるぐらいに腫れあがる。それでも、蹴り上げる。
「ゆ、許して・・・。」
男の悲痛な願いも聞き入れずに、蹴り上げる。
男の手の甲をヒールでゆっくりと踏みつける・・・「や、やめてくれ・・・!」男の悲痛の声も虚しく
グシャ・・・・。
私は裏路地を出て、ショーウィンドウに自分の姿を写して見ると、背中にナイフが刺さっている事を確認。
見なけりゃよかったのに見てしまったので、さっきまで「何かにぶつかった痛み」は「ナイフで刺された傷み」に変わって行き、心臓が背中にあるんじゃないかって位、ドクドクと鼓動を感じる。
「ねぇ、あの人、刺されてない?」
どこかのカップルが、私を見つけ心配そうに言った声が聞こえたのだが・・・
こんな時に、私は何を考えているんだろう、「こんな時にパトカー、救急車が来たら聖なる夜の雰囲気が悪くなる!」・・・。
「びっくりしたぁ~?」
「なぁ~んだ、仮装かぁ~。すごいリアル!」・・・はぐらかした。
何故か私は楽しくなり?このまま平気な顔をしながら歩いていると、誰にも悟られないんじゃないか?と思い、人ゴミに飲まれていく・・・。
ナンパもされた。OK!第2ステージクリア!次はコンビニで買い物!クリア!
そんな遊びもいつまでも出来はしない・・・。
「いかん、もう限界だ!」と刺さってたナイフを抜き取ると、更に心臓の鼓動のような音が激痛と共に襲って来た。・・・ナイフを抜くんじゃなかった!
もう、どうしょうもないので、ここは風俗嬢の切り札を出すしかない!
「肉体〈カラダ〉と精神〈ココロ〉の接続OFF!」傷の痛みを消す!
街にめずらしく、雪が降る・・・。
道行く人たちに、平等に雪が降る・・・。
私は雪の冷たさ、ひときわ暗い夜、独りの時にしか見れない「寂しい」「人恋しい」冷たい聖夜に包まれていた。
だが・・・。
「痛ってー!」
・・・もう限界!
私が行くところは決まってる。「ぷちブル」。
「だから、休むなっつってんだろう!ほら、見せてみろ!」
店長の声が冷たく聞こえる。
血で張り付いたキャミソールを強引に剥がすと同時に声にならない痛みのせいで、のけぞってしまった!
「あ~、大丈夫だ。血も止まってるし!とりあえず、やぶ医者を紹介してやっから、そこに行け。」
「それにしても、その傷じゃ跡が残るな、少しの間、休んどけ。」
私は「風邪ひいたら、3針縫いましたとかって言い訳どう?」って言うと
「いいねぇ~今年の風邪はタチ悪いねぇ~。」と店長が返す。
「じゃあ、医者に行ってきます。」
「あ~、ちひろさんや。」
「いつから、出勤できますかな?」
・・・鬼。
「明日!」