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美味しい珈琲はいかが?3 乾杯
今日は水曜日。『喫茶小さな窓』の定休日。
田口君とデートの約束の日。
デートといっても学校帰りだから、本格的な朝からじゃないから気合を入れたおしゃれが出来ない。
とりあえず、友達が気合を入れてメイクしてくれたけど。
本来、香は化粧っけがない。化粧をしなくてもきめの細かい肌にぱっちりとしたくりくりの瞳なのだから、眉を整え、リップを塗るぐらい。
「キャァー香、可愛い!」
そう言ってもらえると、悪い気はしない。これからはおしゃれにも気を遣おう。
学校を出ると、校門に田口君が待っていた。
「待ちましたか?」
「いや、僕も終わったところ。」
「どこに行きましょうか?」
「そうだね、あまり時間もないし、映画でも行こうか?」
二人は二駅隣の街まで行った所にあるショッピングモールにある喫茶店に行くことになった。
この頃になると、少しだけイケメンの顔にも慣れて来て、普通に話せるようになって来た。
シネマコンプレックスには沢山の映画が上映されていて、時間にぴったりの映画は『恋愛物』しかなく、少々、照れくさいがそれを見ることにした。
恋愛映画だけど、ポップコーンにコーラを持って上映スペースに入る。
香の頭の中には『もしかして、手を握られるのでは?』期待と不安が入り混じっていたのだけど、田口君は何もしてこなかった。
映画を見終わった後、もう時間がないからと次の約束をすることになり、今度はたまたまお店と祝日が重なった時にデートすることになった。
次の日。
喫茶小さな窓にて。
カランカラン。扉が開く音がした。常連さんがニヤニヤ笑いながら入ってくる。今日はマダムも一緒だ。
「いらっしゃいませ、いつもの・・」
「香ちゃん、昨日はどうだった?」
「何で、知ってるんですか?」
「何でって、あの街は嫁さんの通ってる病院があるのを忘れたのかい?」
そうだった。常連さんの奥さんの通院に付き添っていた時に、私達が目撃されたという事か。
「映画を見ただけですよ!」
「手なんか握られなかったのかい?」
「そんな事ないですよ!」
「そうよそうよ!最初のデートから手を握ってくる男は碌なもんじゃないわよ!とりあえずは第一関門、突破という事でいいわね。」
マダムは少し嬉しそうに話しながら「でも、手を握って来ないなんて、もしかして『ヘタレ』だけなのかもしれないし、これだけで判断するのも難しいかもね。」
「それで次はいつデートするんだい?」
「ええ、今度の祝日に・・・。あっ、定休日でも祝日の場合はお店を開けるんでしたよね⁉急いで断りの電話を入れないと!」
「休んでいいですよ。香さん。」
今日は水曜日。デートの約束の日だ。
私は、少しだけ気合の入れた服装とメイクをして、約束の待ち合わせ場所に15分程前に着いて早すぎたかな?と思っていたら、田口君は既に待っていた。
「ごめんなさい!待った?」
「待ったって、まだ待ち合わせの時間じゃないよ。気にしないでいいよ。」
「じゃあ、行こうか!」
今日はテーマパークで遊ぶことになっていて、楽しい物から怖いものまで色々なアトラクションを楽しむことになった。
その時に、さりげなく手を差し出してくるもんだから自然と手を繋いだ。心臓が飛び出そうになったけど。
お昼は混みだすから早めのランチタイム。
何を食べたかって?若者ですよ?ジャンクフードに決まってるでしょ?その後はデザートにクレープやアイスクリームと食べ歩きをしながら、パークの中を歩きながら話をする。
田口君って、爽やかなんだよね。学校に居る時と何も変わらない。誠実なんだよね。私に合わせて歩くスピードを変えているようだし、笑顔も眩しいし、このままでは私は本当に付き合っても良いのかも・・・。
ひとしきり遊んだ後、今度は街に出て喫茶店でごはんを食べることになった。
どうやら、このお店は田口君のお気に入りのお店らしく、良く来るのだとか。
ここのパスタや、オムライスが美味しいよと勧められたので、私は綺麗に食べることが出来るカルボナーラを注文することに。田口君はデミオムライス大盛りを頼んでたけど。少し子供っぽい所も好印象。イケメンっぷりとのギャップがそう思わせるのかもね。
「ここは珈琲も美味しいんだよ。」と薦めて来る。珈琲一杯1000円。
喫茶小さな窓の感覚があるから、安いと思ってしまったけど、決して安くはない。
薦めて来るんだもの、飲まない訳に行かないよね。私はブレンド珈琲を頼むことにした。
運ばれてくる珈琲の香りは・・・。少し、焦げ臭い。
宅地君は、香りを楽しむようにしながら飲んでいたけど、マスターの淹れる珈琲以外を飲めない『珈琲嫌い』の私は、一口飲んでから砂糖とミルクを大量に入れ、もはや『カフェオレ状態』を飲む事にした。1/3も飲めなかったけど。改めてマスターの淹れる珈琲が美味しいことを再確認出来た。
今日はこれで別れることになったので、私は『喫茶小さな窓』に今日は『お客さん』としてやって来た。
当然のごとく、常連さん達がいて「あれ?今日は休みじゃなかったっけ?」と聞かれたけど、デートで入った喫茶店の珈琲を一口飲んだら、マスターの珈琲が飲みたくなったので、今日はお客さんです。とカウンターに座った。当然、お水とおしぼりは自分で用意したけど。
実は、マスターは私専用のブレンド珈琲も用意していて、何も言わず豆を炒り始める。たちどころに珈琲の香りが立ち込め、『香ブレンド』がカウンターに置かれた。
私は一口飲んで「やっぱり、マスターの淹れる珈琲が最高です!」と言うと、マスターより先に「そんなの決まってるじゃないか。」と常連さんが笑っていた。
次の日、喫茶小さな窓に田口君がやって来た。
今日はお客さんという事を理由に、香に会いに来た事が目的だ。
「田口君、本当に良いの?ここの珈琲は一杯、1500円するのよ?」
「うっ、高い!でも、香ちゃんに会う為に頑張るよ。」
「当店はブレンド珈琲しか出しません。お好みで味を変えさせてもらいます。」
「それじゃあ、スタンダードな珈琲で。」
「それなら、香ちゃんが淹れてあげればいいじゃないか?」
常連さんが、悪戯っぽく話してくる。田口君も乗り気で
「香ちゃんの淹れた珈琲が飲みたいな!」
「でも・・・。お客さんに出す珈琲は淹れた事ないし・・・。自信ないし。」
「いいから、いいから。」
私は、マスターに教えてもらったスタンダード珈琲の豆を焙煎・ミルで粉砕・最近覚えたドリップで珈琲を淹れてみた。
「お待ちどう様。」
田口君に珈琲を差し出す。
その珈琲を一口飲んで「とても美味しいよ、香ちゃん!」と褒めてくれた。
嬉しくなった私は、少し多めに作った珈琲をマスターと常連さんに飲んでもらったら、二人とも黙って、水を飲んでいた。
「田口君、無理してない?美味しくなかったら飲まなくていいよ?マスターに淹れなおして貰うから。」
「本当に香ちゃんの淹れた珈琲は美味しいよ!」
その割に、最初は水を飲んだり、砂糖・ミルクを淹れたりしてたけど。
「帰って。」
「え?」
「私は田口君と付き合えません。帰ってください。」
「どうしたの香ちゃん、僕たちはいい感じだったじゃないか?」
「帰って下さい!私は田口君とは付き合えません!帰って!」
田口君は代金を払おうとしたけど、タダでいいと言って帰ってもらった。
「オイオイ、付き合えないってどういう事なんだい?いい青年だったじゃないか?」
「私の淹れた珈琲の味はどうでした?」
「・・・。まだまだだな。これじゃ、お客さんに出せるレベルじゃない。」
「だからです。嘘つきは嫌い。」
常連さんたちはびっくりしてたけど、マスター一人だけが頷いていた。
翌日。学校にて。
私が学校に着くと、田口君が慌ててやって来て
「僕と付き合えないって、どうして?何がいけなかったの?」
「私の淹れた珈琲を美味しいって言ったからよ。」
「え?どういう事?」
「私の淹れた珈琲を貴方は美味しいって言った。それは貴方の優しさかも知れないけど、私からすれば、貴方は『嘘つき』。だから付き合えない。それだけよ。」
学校が休みの土曜日。
今日は朝からバイトの日。
開店準備の為に看板を出すために外に出ると太陽が眩しかった。
日差しを避けるように手を翳す。
指の間から太陽の光がこぼれた。
「今日も頑張ろう!」
おはようさん、と常連さんたちがやって来て、「私が珈琲を淹れましょうか?」
「勘弁してくれ!」
「そうですよね!修行を頑張りますよ!」
腕まくりをする私だった。