私の初恋は「キモ」かった。
初恋の人が私に「キモイ」「ブス」といった回数と、私がそのあとの人生で「ごめんなさい」と謝った回数は、おそらくだいたい、同じくらいじゃないだろうか。
私の初恋は、5年ほど拗らせた上、ぐっちゃぐちゃに腐りきって、見るも無残な姿で終わった。踏みつけられて、こねくり回されてもう原型すらなくなってしまったけれど、私は彼のことが本気で好きだった。
*
その彼との出会いは、小学校3年生のとき。
同じクラスで最初に彼をみたとき、単純に「かっこいい」と思った。
運動ができて、顔も整っていて、色素が薄い猫っ毛で。まるでタンポポの綿毛のように、春風にそよぐ髪がきれいだった。
私は気づくと彼を、目で追うようになっていた。でもその気持ちを誰かに知られたくなくて、最初のうちは、適当なうそでごまかした。
「もかちゃんは、誰か好きな子いるのー?」
「んー、隣のクラスのHくんかなあ」
Hくんは、小学校2年生のときに一緒に学級委員をやった、真面目そうで、背の高い優等生である。(Hくんも結構モテていた。)
「あー、わかる。もかちゃん好きそう」
「そうかなあ」
放課後、狭い教室の隅でそんな話をしながらも、私の目はHくんではなく、校庭で走る彼を追っていた。
いつしか日常のなかに彼を探すことが日課になって
「もかちゃんはアイツを見すぎ」と周囲からバレバレになるくらい、とにかく彼のことばかり目で追うようになった。
そんなある日のことだ。
「お前、オレのこと見てるよな。キモイんだよ」
突然彼は、私にそんなことを直接言ってきた。
「は?見てないし」
「キモイしキショイし、こっち見んなよ、ブス」
ろくに普通の会話をしたことすらないのに、女子に言うべきではない悪口を並べ立てる彼。私は何も言い返せなかった。だって、見ているのは事実だったから。
――家に帰って、鏡を見た。
ああ、この顔はキモイのか。ブスなのか。
彼が言うのだから、たしかにそうかもしれない、と思った。
でも、私に話しかけてきた彼は、やっぱりかっこよかった。
そして、翌日から私は毎週のように彼からのいやがらせを受けるようになる。
*
「好きな子にちょっかいを出す」とかそんな可愛いレベルではなく、彼はまちがいなく、私がきらいだった。
私の持ち物に触れてしまったら「キモイ菌がついた」とクラス中に回す。
追いかけていくと「キモイ、来るな」と叫ばれる。
隣のクラスの男の子に「こいつ、キモイんだぜ」と紹介される。
彼の見事なブランディングにより、私は気づけば「キモイやつ」になっていた。
私が転んだって、泣きそうになったって、彼は知らん顔。でも10回に1回くらい、私の話に笑ってくれる。体育の授業中、誰より活躍している姿はやっぱりかっこよかったし、親しい友達から離れてひとりになって、少しさみしげな顔で外を眺めている姿は綺麗だった。(人づてに、家庭環境がうまくいっていないと聞いた。彼が好きだというのは周囲からバレバレで、周囲の人は彼のことをいろいろと教えてくれた。)
彼の誕生日を教えてもらった日は、勝手に相性うらないをした。「相性は最悪!」と出て、ちょっとだけ落ち込んだ。でもまあ、相性がいいはずもないな、と納得はした。
たまたま帰り道が同じになれば、少し離れた距離をキープして歩く。
「ついてくんな、ブス」と振り返った彼に
「方角が一緒なだけだし」と叫び返す私。
でも最後の曲がり角で振り返って、彼がひと言「また明日な」と告げ、微笑んでくれるだけで、やっぱり好きだと思ってしまう。
本気の恋なんて、往々にしてきもちわるいものだとは言うけれど
「また明日な」と言ってくれた彼の背中が見えなくなるまで、交差点でひとりランドセルの持ち手を握り締めていた私は「キモイ」女だった。
私はとにかく、彼に執着していた。
すべての行動が「キモイ」と言われても、仕方ない。
彼の言葉は、真実を私に突き付けているのだった。
*
ほかに気になる男の子ができたことも、当然あった。その子は私のことを「キモイ」とは一言も言わなかった。
図書館で一緒に本を読んだり、一緒に公園で仲良く遊んだり。ブランコを漕いで「どっちが高く漕げるか勝負!」と笑う私は「キモイ」女ではなく、よくいる普通の子どもだった。
彼とクラスが別になって、会う機会が減ったにもかかわらず廊下ですれ違うたび3回に1回は「うわ、キモ」とわざわざ私の視界に入ってくる。なんでこんな男に惹かれてしまうんだろう、と不思議だった。
もうこんな男は忘れよう、もっと自分に自信を持とう、と
洋服に気を使うようになったし、髪型もアレンジするようになった。
でもある朝、通学途中の公園で、隅っこの土を掘り返してかなしそうな顔でなにかを埋める彼に会った。
「どうしたの」
思い切って聞いた私に、彼は
「ハムスターが死んだ」とひと言。堀った穴を丁寧に埋めている。
彼がそのハムスターをとてもかわいがっていたことを、私は人づてに聞いて知っていた。(もちろん自分から彼に聞いたわけではない。本当にキモイ女だ。)
山になった土の上に、墓標がわりのアイスの棒。その前にひまわりの種を並べ、静かに手を合わせる彼。私もその横に並んで、小さく手を合わせた。彼はひと言も「キモイ」とは言わず、ただただ黙っていた。そっと横目で盗み見たその頬に、静かに雫が流れ落ちていく。
私のことを「ブスだ」「キモイ」と散々告げてくるくせに。
涙を流す彼は、まぶしくて、うつくしくて、儚かった。
その瞬間、私はほかの人を好きになろうとすることを、諦めた。
*
小学校6年生のバレンタイン。
「キモイ」と言われたくなくて、直接チョコレートを渡せなかった。
友だちから「机に入れておけばいいよ」と言われて、移動教室で誰もいないのを見計らい、手紙もつけずチョコを机に押し込んだ。
でも匿名だったにもかかわらず、そのチョコは私からのものだとすぐバレた。ホワイトデー、「母さんが買えって言ったから、キモイお前にやる」と
彼から差し出されたクッキーを、家宝のように大切に食べた。「キモイ」「来るな」「死ね」のランダム再生のなかにときおり混ぜられる優しい言葉が、宝物のように愛しかった。
いつしか私は、彼のことを「キモイ私に話しかけてくれる優しい人」だと感じはじめた。自己認知はとにかく歪んで、町なかで「キモイ」という言葉をきくたび「私のことだろうなあ」と思ってしまう。
そんな自分を変えたくて、中学校に入るのと同時に髪を切ったらふかわりょうになった。なぜ。見事なまでのキノコカット。当然、また彼から「キモイ」と罵声を浴びせられた。
思い切ってメイクをしたら「似合わない」と言われた。私服がダサいと言われたので、全身そろえ直したけれど、新たな服は、何の感想ももらえなかった。
私がかわいくなろうとするたびに、キモイという言葉はたしかに減った。
でも、私が努力をすればするほどに、彼が私に話しかけることも、こちらを見ることも減った。
いっそ、告白して玉砕してしまえば楽になるのか。そうは思ったけれど、面と向かって断られるのは怖い。「両想い」になりたかったわけではない。彼を好きでいることが当たり前になっていたから、私のことを否定されたとしても、彼のことを好きでいることを否定されることが、ただただ恐ろしかった。相変わらずタンポポの綿毛のようにゆれる猫っ毛を、遠くから眺めているのが好きだった。
*
恋の終わりは、あっけなかった。
「彼に彼女ができたらしいよ」とうわさになっていた頃、彼が帰宅途中に、彼女とふたりで歩く姿を目撃してしまったのだ。
「キモイ」「死ね」「ブス」と私に罵詈雑言を並べ立てた、あのときの表情なんて、当然どこにもない。ばかみたいに頬をゆるめて、小柄な彼女と話す彼の姿を見て「ああ、キモイなあ」と思った。
でも、私はこの目でそんなキモイ彼を見ることもできないんだと思うと、ちょっと目頭が熱くなった。
誰かを本気で好きになって、目で追いかけて、生活の中心が、日々の思考がその人中心になってしまう。それを「キモイ」というのなら。そんな恋をしている姿が「キモイ」のなら、たしかに、私はそのとき、彼に本気で恋をしていた。そして彼もきっと、彼女に会って、本気の恋を知ったんだろう。
ふたりが見えなくなったあと、小声で「キモイな」とつぶやいてみた。
でも、コンビニのガラスに映った私は、普通の女子中学生に見えた。
P・S
この記事の画像を選ぶとき、noteにあげてくださってる画像を使用したのだがその彼と同じ苗字の方があげてくれているものを選んでいるあたり、やっぱり私は今でもキモイ女だった。