育ちの悪い私
上京して10年。育ちの悪さを自覚した。
家庭は特別貧乏ではなかったが、家ではいつも母が父の悪口を言っていた。当然子供達は母の味方をするようになり、父は孤独だった。
母親はほとんどいつも機嫌が悪かった。
家族でTVを観るときは必ず出演者の悪口大会だった。
部屋のインテリアにこだわる、食事の彩りに気を遣う概念はなかった。
小中と地元の公立校に進んだ。
飛び抜けて治安が悪いと言うことはないが、
中途半端なヤンキーがカースト上位の、中途半端な学校で過ごした。
カースト下位になるのを避けるため、物を壊す、気軽にいじめをする、などの遊びに心から楽しそうなフリで参加した。
大学進学を機に上京し、東京で生まれ育った「育ちの良い」友人らとの違いを目の当たりにした。
いつも機嫌の良い母親、素直に大好きと言える父親がおり、SNSは両親への感謝を綴ったイベント、友達との海外旅行、無加工のありのままの笑顔の写真で溢れている。
物心つく前から大好きだったディズニー、お母さんが好きでよく連れて行ってもらった舞台鑑賞。
このあたりも文化資本の差を感じかなりきつい。
今更劣等感を抱いたところでなんにもならないことは当然分かっている。
ただこれから磨いたところで絶対に手に入らない、ありのまま生きて愛された結果、自然と育まれた自己肯定感が羨ましくてたまらない。
そうやって育った子達はもちろん、他人のこともありのまま受け入れられる。他人を肯定しニコニコいつもご機嫌だ。
人間として大変魅力的であり、また同じように魅力的な異性に好かれ結婚し、幸せな家庭を築いていくのだ。
方や育ちの悪い私は、性を匂わせやっとの思いで手に入れた理解ある彼くんと結婚。家では理解ある彼くんの至らない点を見つけてはヒステリーを起こしまくり、不機嫌な家庭を築くんだろうな。