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SSoM-84 Keith Jarrett “The Köln Concert” あの日から50年❗️
1975年1月24日、50年前の今日、Kieth Jarrettは飛行機のチケット代金を浮かすため、前日コンサートを行ったチューリッヒからプロデューサーと二人で古いRenault 4で500マイルを運転してケルンに到着した。Keithは、腰の痛みで数日間よく寝れていなかった。会場のオペラハウスに着いたとき、Keithはすでに疲れ切っていた。
Kiethがリクエストしていたのは Bösendorfer concert grand 290 imperial だった。しかし行き違いで、そのピアノはオペラハウスに届いておらず、舞台裏にあったのは、小さなサイズのBösendorfer だった。チューニングは狂っており、ペダルも壊れていた。
Kiethは演奏を拒否したが、18歳の主催者 Vera Brandesは、チケットは完売しているし払い戻しは不可能と告げ、ピアノは、なんとかすると説得。コンサートは、その日のオペラの演目が終わった23:30から予定されていた。レコーディングも予定されており、そちらの準備はできていた。何も食べていないKeithは、夕食を取ろうとレストランへ。しかしウェーターがオーダーを間違え、皿が運ばれてきた時は、オペラハウスへ行く時間だった。
その間、調律師はピアノと格闘。数時間をかけて、なんとか演奏可能な音程まで調整するが、低音部も高音部も良い響きにならなかった。
主催者の Vera は、今からリクエストされたBösendorfer 290を、極寒の雨の中、運搬してきても、とても演奏できる状態にならないと的確な判断をしていたのだった。
戻ってきたKiethになんとか調律を終えた小さなBösendorferを試奏させ、ついにコンサートをやることを承諾させたのであった。18歳のVera の熱意が通じたのだ。Kieth は後に、始まるまでの時間、椅子に座わると寝てしまう状況だったと述べている。
そしてコンサートの開始を告げる鐘の音が会場に響く。絶対音感を持つKeith は、その音を覚える。サポーターを巻き腰痛に耐えピアノの前に座り、鐘の音から着想を得て、最初の4音を弾く。完全な即興演奏が始まった。
The Köln Concert
Qobuzでは24bit/96KHz 配信。 Qobuz →
壊れていたとはいえ、さすが Bösendorfer、素晴らしい音だ。オペラハウスの美しい残響音と相まって、聴いたことの無いような美しい音が録音されている。Keith は、途中から壊れたペダルをパーカッションのように使い出し、声も出し始め、Bösendorferと同調していく。
24bit/96KHzでマスタリングされた音が、そのすべてを伝えてくれる。
リリース当時はLPで聴いていたわけだが、クラシックともジャズとも異なる独特な音は、どのカートリッジを選んでもしっくりする音が鳴らず、非常に困った。もちろんすぐに愛聴盤になった。
結果、アルバム The Köln Concert は、全世界トータル400万枚となり、ジャズ・ソロ・ピアノとしても、ピアノ・ソロとしても最も売れたアルバムとしてギネス記録となっている
最悪のコンディションに、天から音楽が降りたともい言われるけれど、実際は果てしない音楽の探求と日々の練習の無数のエレメントが、脳の中で瞬間的に新たなパスを創造して生み出された演奏だと思うのである。新たなパスこそ閃きだがそれが1時間続いたことは奇跡だ。
50年後、歴史的な即興演奏を、高音質で味わえることに無上の喜びを感じて、今日を迎えた。