#三題噺 「赤と白」 せつこ。
私は最近おにぎりを作ることにハマっている。
おにぎりの具は決まって近所のスーパーで安く買える梅干し。
お米は、起床する7時に合わせて炊き上がる。しゃもじで、底の方から持ち上げて、シャッシャっと切って混ぜる。
ラップを引いたご飯茶碗に、あつあつのご飯を入れて、真ん中に梅干しをひと粒置く。
この瞬間を「紅一点だな」と毎回思う。
ひとしきり見て、満足すると梅干しをグッと押し込む。そして、「熱い、熱い」と言いながら、握る。 丸く握りあがった米に塩をひとつまみずつ、裏表にふりかける。
おにぎりのために切られた海苔を1枚取り出して、まとわせたら完成。
この梅干しの入ったおにぎりが私のお昼ご飯だ。
昼休みを告げるチャイムが鳴る。
始業時間からパソコンとにらめっこしていた人々が各自いそいそと昼食をとる。
私は作ってきたおにぎりをカバンからだして、スマホを眺めながら食べるのが最近のスタイル。
Instagramをチェックして、Xのタイムラインを遡っていく。気になる内容にいいねって意味のハートマークを押していく。いいね。なんとなくいいね。まぁいいね。 指が触れると、ハートマークは赤く染まる。 流れ作業のように内容をサクッと読んでは、ハートマークを染めていく。 スマホの画面を指で滑らせつつ、その片手間でおにぎりをかじる。
食べ終えて、持ち歩いている文庫本をパラパラとめくる。 3ページくらい読み進めると、なんだか眠くなってきて、私は机に突っ伏して仮眠をとる。
これがだいたいの昼休みの流れである。
今日も少しの間、睡眠をとる。
短い時間で寝るためか、しばし私は夢を見る。
夢を見るたびに「ああ、これは夢だな」と頭の片隅で思う。
閉じた瞼に浮かぶのは、高校時代の教室の風景だった。
廊下から、中庭から、教室の中から、賑やかな音が耳に入り込んでくる。 私は教室の中庭が見える窓際の席に一人座っている。身にまとう服装は分からない。学生であるような、いつものスーツのような。
周りに人はいるようだが、影のようで、動きはあるが顔は見えず分からない。まるで 「賑わい」という動きと音のある時間に、私だけが存在しているかのようだった。
窓から光を感じて、視線をそちらに向ける。
スズメが1匹いた。私の目はスズメの姿形をハッキリと確認できた。スズメは夢の中でも可愛い。 飛べるようになってから間もないのか、一生懸命に羽を動かしている。 飛んだと思っても、地面から浮いては、すぐに地面に落ちていく。飛んでは落ち、また飛んでは落ちる。その姿は可愛らしく健気でもあるが、心配に思うほどに頼りない。でも、飛びたい気持ちが見ているこっちまで伝わってくる。
スズメから視線を机に戻すと、なぜか白い紙が1枚と1本のペンが置かれていた。
私はペンを取り、紙にスズメを描いてみた。
なんだか描いてみたくなった。
ペンの色は赤かった。ペン先の描き心地は鉛筆のような硬さがある。しかし描くたびにインクが滲み出てくるような感じもある。
スズメの丸みのある輪郭、コロンとした瞳、ちょこんとしたクチバシ、ピッピッとした足先、ふんわりとした羽の模様。
なんだかスズメを丁寧に真剣に細やかに描きたい気持ちだった。 私がスズメを詳細に描こうとすればするほど、スズメはどんどん赤く染まっていく。
内側に流れる血はきっと赤いのだろう。
そんなことを考えた。
白い紙の上に1匹。
赤いスズメが浮かんでいる。
外のスズメをもう一度見たいと思った。
再び、窓の方に目をやると、そこに姿はなかった。
私は頭の中のスズメを思い浮かべた。
私の頭の中のスズメが羽を羽ばたかせるたび、ペンを走らせた。
羽毛の1本、1本。
こんなに描き込むことができるのか。
不思議なほどに、描く手が止まらない。
ふうっと息をひとつ吐いて、やっと手を止めた。
ゆっくりと紙を持ち上げる。
出来上がったのは白い紙の中央に浮かぶ、赤いハートマークだった。
それを見て、私は「紅一点だな」と思った。
私が一生懸命に描いていたのはスズメではなく、赤いハートマークだったのだ。
不思議と驚きはなかった。
私は白い中に赤いハートマークを置きたかったのだ。多分、そう。
白の中央をハートマークで染めていた。
私はこの赤い記号がとても愛おしい。
この愛おしい赤を、白にうずめたい。
そう思ったとき、昼休みを終えるチャイムが鳴った。パチッと目を開け、バッと顔を上げる。頭はぼんやりとしているが、休み時間は終わり。あとは今日の終業時間まで働かなければならない。
だるい、帰りたい。
眠い目をこすりながら、午後の業務に気だるさを思う。口を開けて寝ていたのか、喉が渇いている。ペットボトルの水をひと口飲んだ。
そういえば、おにぎり用の梅干しを今朝使い切ってしまった。急に思い出した。 帰りにスーパーに寄って、買って行こう。 私は忘れないように、スマホのメモ帳に「梅干し」と入力し、隣りになんとなく赤いハートマークの絵文字を添えた。
そして、クスッと笑った。
#昼の教室 #スマホ #握る