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【万年筆】私とカクノ

私が初めて買った万年筆は「カクノ」だった。

まあ、そういう人は無限にいるだろうから珍しくないだろう。カクノといえば、パイロットが製造する廉価なモデル(1000円くらい)である。まずこれを買って、あるいは勧められて最初の一本とした万年筆沼の民も多い。安価ながら書き味がよく品質も安定しているため、私も初心者にはまずこれを勧めたい。

私がカクノと出会ったのは、もう3年ほど前のことになる。
当時の私は筆記具沼の浅瀬にハマりこんでいた。ブログやコラムを書くにあたり、アイデア出しのための筆記具を探していた時期だったのだ。というのも私は筆圧がないので、シャープペンシルやボールペンといった文具だと筆跡がとんでもなく薄く、見栄えが良くないので嫌気がさしていた。書くのに適した何かを求め、1,000円くらいで試せるものは全て試そうとした。

鉛筆、製図用シャープペンシル、ボールペン、筆ペン、マーカー、蛍光ペン……と渡り歩き、たどり着いたのが万年筆(カクノ)であった。その時はセールで500円くらいだったと思う。めちゃくちゃお手頃だ。私も、

「万年筆ってこんなに安く買えるのか!?」

と驚いた覚えがある。私は田舎者なのでまず万年筆を見たことがなく、漠然と「万年筆は高級品」というイメージがあった。まあ大正解なのだが、よく見れば安価なものも存在する。私の固定観念を打破したのがカクノなのである。

「1,000円以内だから試してみるか」と軽い気持ちで買ったカクノだったが、万年筆の魅力を知るのに十分だった。知ってしまったと言うべきかもしれない…。
万年筆は私の不満をおおむね解消してくれた。インクがにじみ出る仕組みのため、筆圧がいらない。字幅もシャーペンやボールペンと比べれば太く、アイデア出しにはちょうどいい。字は消せないが、個人的なものに使うから問題はないだろう。私の求めているものが万年筆にあったのだ!

これさぁ…学校教育に取り入れておくれよぉ…。私は塾講師の経歴があるのだが、日本の若者はノートに文字を詰め込むし、ミスしたら跡形もなく消すしで、本当にシャイだなと思うのだが、万年筆ならそんなことはできない。あとでミスしたところを確認できるのだ。筆圧が弱い人間のケアにもなるのだから、積極的に使わせてくれてもいいと思う。

話がそれた。
万年筆の魅力を知り、また後述するがカクノが完璧ではなかったことから、それからというものパイロットも含めて何十本も万年筆を買い漁ることになる。文具にいくら費やしたか分からない。1000円のつもりで買い漁っていたつもりが、最近では月に数万を費やしても「あー、やっちまった」と思うだけで、心の傷跡はきわめて小さい。そういった闇の面(?)も含め、罪深い一本だった。

でも、最初のカクノは捨ててしまったのか、無くしてしまったのか分からないが今は手元にない。
一点だけ、不満があった。中字だったのだが、インクフローが多すぎたのだ。パイロットはインクが水っぽい代わりに、ペン先が絞られており適度なインクフローで筆記できる。しかし、この個体は紙がびしょびしょになるくらいインクが出るため使いにくくなってしまい、引越しか何かの拍子でなくなってしまったのである。
原因はわからない。今思うと紙が良くなかったのかもしれないが、初心者すぎて気付けていなかった。まあ、記憶からすると明らかにインクフローがおかしかったと思うけども。間違いない。

なんとなくカクノから卒業する形となったが、3年くらいが経ち、再び買うことにした。

またセールしていたのもあるが、「万年筆熟練者でも、書くのはその辺に転がしたカクノを使う」という話を聞き、「それいいな」と思ったからである。
正直、高い万年筆はいくつか持っている。書き味もお値段相応、抜群にいい。しかし、疲れている時などは高級ラインを丁寧に扱う余裕もないものである。メンタルが乱れていると、筆圧も強くなる。そんな時、適当に使って転がしておく万年筆が欲しくなるものである。雑に扱えるのも貴重なのだ。

今回は細字と中字を選んだ。個人的には細字だけで十分だったが、中字を買うことで昔の答え合わせをしたかった。
果たして、カクノは本質的にびしょびしょなのか。正直、昔の記憶があるためカクノを妄信的に勧められないでいた。3年前の悩みは、個体差に過ぎないのだろうか?

紙に書いてみると……おそろしいほど書き味がいい。
確かに硬いっちゃ硬いのだが、パイロット特有の精度の高さ、そしてフローの良いインクに任せた滑らかな書き味はしっかり実感できる。高級ラインと比べても、硬さくらいしか違いを感じられない。これが1,000円なのは破格だ。
何より、インクフローが適切だ。中字のつゆだくのイメージとは全く異なっていて驚いた。ノートににじむ様子はなく、普通にサラサラ書けてしまう。やっぱり、昔は使い方が悪かったのか…?これなら初心者にも自信を持って推せる。
でも、初心者に勧めるなら細字だ。絶対にそうだ。このくらいがシャーペン、ボールペンからの移行を考えると一番使いやすい。極細だとカリカリして他の筆記具との違いを感じられないし、中字だと字が潰れる。布教する時、手帳なら極細、大きめのノートなら中字で、普通の用途なら細字だぞ!と言おうかな。

カクノは私の普段使いの選択肢に入りそうだ。
初心者から上級者まで唸らせ、沼に落とす罪深き万年筆に、また落とされてしまった。まるで彼女のことをまた好きになってしまったかのようだ。

……と言うには乱暴な扱いをすることになるのだが、3年越しの感動をもって、長いこと使っていきたいと思う。


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