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オタクと批判精神

私は「全肯定オタク」ではない。

「全肯定オタク」といえば、公式の供給に対し否定的な意見をしないオタクを指す。
それはそれでよい。趣味なのだから、わざわざ粗探しやネガティブな発信をするまでもない。また、嫌なところを見つけると界隈ごと嫌になることもある。考えるのはやめだ。

しかし、私は我慢ができない。
よくないと思ったらよくないなあ、と言ってしまうし、「あなたたちは、微塵も悪いと思わなかったんですか?あれを見て?」なんてひねくれてしまう。本当に性格が悪いというか、人生で不利になるタイプの正直さというか。
(でも、基本的に全肯定です。あえて角を立たせないというか。)

だって、作りの甘いコンテンツを見せられて「〇〇ちゃんが可愛かったからよかった!」「〇〇の心意気を見た!」「作り手の都合を考えろ!」なんて論理で納得できるか?いやいや、作品が面白いに越したことはないだろう。全肯定でグズグズの、ファンは喜べるが楽しめないコンテンツを作られ続けるなど地獄だ。私は推しコンテンツの発展を望んでいる。

だから、私自身は「全肯定しないオタク」である。
コンテンツや意見に対する不満や疑問についてはっきり表明するので、煙たがられるかもしれないし、事実そう。

でも、基本的にはそのコンテンツが好きなので、批判といっても無責任に投げつけるわけではない。私だって気をつけているのだ。
悪口を言う時は、以下のことに注意はしている。

悪口と批判を分ける

「批判」というと、某野党のように対案もなく揚げ足をとり相手を「非難」することをイメージする人が多い。
大昔、学生に「批判ってどういうことか分かる?」と聞いたら「相手を言い負かすことですか?」と言われてショックを受けたことがある。それは論破だ。

辞書的な意味の批判は、相手の欠点や誤りを指摘し、ただすことである。相手を黙らせたり、「お、おう…そうだな」と思わせたりするものではない。
ただ、痛いところを突くので「嫌なやつ」と思われるリスクはあるが、相手を責める意図はないのだ。

言い換えるなら、悪口は感情ベース、批判は事実ベースであろう。もちろん人それぞれ好みはあるが、それを元にして相手(運営とか)を責めるのはおかしい。やはりちゃんとした根拠が欲しい。

私も界隈の一員であるからこそ、悪口と批判の線引きを明確にし、「〇〇はクソ!」ではなく「クソだと思ったからこうしてほしい」と改善点も挙げるようにしている。……似たり寄ったりですね。後者は単に私の口が悪いからそうなっているだけなので気になさらず。

なお、人間好き嫌いはあるはずなので、違和感については表明していいと思う。しかし、それがあたかも「みんながそう思っている」というような扱いをしてはならないと思う次第。

場所を選ぶ

思いきって言いたいことがあればSNS以外の媒体に書く。私の場合はここ(note)やはてなブログである。ふせったーもあり。

批判の内容はネガティブなものになりやすい。まともな内容だとしても、多くの人の目につく媒体に触れさせるべきではないと思う。キツイことばかり言っていたら、界隈における自分の評価を下げることになるだろう。別に私は敵を作りたいわけではない。

繰り返しになるが、批判対象のコンテンツが好きなのである。引退する気なら「大放言!!」といった感じで言ってもよいかもしれないが、そうではないのでコンテンツへの希望をもちながら批判したい(性格悪い)

一緒に怒る

これ、確かライターのヨッピーさんの本にも書いていたと思う。

批判のベースは、多くの人の不満や怒りを参考にする。いわゆる、共感できる文章を目指すべきである。

私は批判する前にSNSでサーチをして、賛否の意見を集めておく。
私の気持ちや疑問は「他の人もそう感じているか?」を確かめておきたいからである。

賛否が分かれているならば、少なからず否定的な声があるはずだ。
それをファンが書いていることに注目したい。そのコンテンツが好きなのに苦言を呈しているということは、相手に落ち度があると考えられる。なお、アンチっぽいアカウントの意見は感情ベース、あるいはポジショントークなので参考にはしない。

また、全肯定オタクの意見もあるわけで、それを比較しながら改善すべき点、不満の溜まっている点を検証している。そうすれば、ピントを外さずに指摘ができるだろう。

調べてみて同じような意見が少なければ、それは「批判すべき点」ではなく、「お前が不快に思ったこと」に過ぎない。これでは賛同を得ることが難しく、また「変な論理・こだわりでギャーギャー文句言うやつ」のレッテルを貼られてしまう。SNSにもいるが、往々にしてめんどくさいヤツである。

意見を集約して一緒に怒る。風見鶏的な視点だが、ズレたことを言わないためにも重要なのだ。

バランスをとる

私は肯定的・否定的な意見の両方を吟味することにしている。オタクのSNSでは両者を並べて議論することはないからである。
あるとすれば、ポジショントークばかり。原理やらアンチが、それが憎いばかりに叩くか、全肯定オタクが「文句言うな!」と文句をつけるだけである。

そりゃ私にもポジションがあるが、批判的な記事を書くときは客観的に見てどうか、もしこのコンテンツのファンでなかったらどう映るか?といったことを考えているつもり。
しかし、それだけではつまらないので、情報を集めた上で自分なりの視点も必要になる。自分のポジションのためだけに情報を悪用するのではなく、あくまでフラットな視点が必要となる。自分にも言いたいことはあるが、一旦中立的な目で見てどうか、という主張に努めているつもり。

してほしかったことを書く

批判は生産的でなければならない。そうでなかったらただの文句である。
まあ、片隅で叫んでいても公式や運営に届くことはないのだろうが、どうすれば少なくとも私は満足できたか、不満を解消できたかを考えて書くことにしている。


と、このように一応、予防線は張っている。

おかげで、今まで炎上はしていない。……え?フォロワーが少ないからだって?言えてる。
また、私も完璧超人ではないのでSNSに批判投稿をして何人かにはブロックされているようである。燃えてはいないが、敵を作るのは無益なので気をつけたい。

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