「ガウディとサグラダ・ファミリア展」に行ってみた
東京国立近代美術館の最寄りは、東西線の竹橋駅だ。それ以外の駅(九段下、神保町)からは、15分くらい歩く。東西線あまり乗ったことないし毎日暑くて外出するのを躊躇していたけど、ガウディにはとっても興味があったから、思い切って行ってみた。
美術館に着いたのはお昼過ぎで、1番混雑している時間だったと思う。ネットで当日券を購入していたけど、40分近く並んだ。
私はスペインに行ったことがないので、リアルなガウディ作品は見たことがない。写真で見る不思議な建築物を設計したのは、どんな人なんだろうか。
ガウディが学生時代に見ていた本が展示されていたが、それがとても面白かった。まだ写真がそんなに普及していない時代で、アラブ世界の建築やその装飾が絵で紹介されている。
知らなかったけど、スペインは、800年間もイスラム教とキリスト教が共存する文化圏だったらしい。800年って長いな。江戸時代の3倍だ‥。ガウディ作品のモザイクやタイル、植物の蔓が伸びていくような線などは、言われてみると確かに、ヨーロッパの他の国と雰囲気と違っていて、東方の文化に影響されていたのだと分かる。
ガウディは、自然が創り出すデザインに特にこだわっていて、人間が自然をきちんと写しとることの重要性を語っている。その哲学が、作品や文章でたくさん残っていた。
螺旋や放物線、多過ぎても少な過ぎてもいけない光に対する考えは、真四角でどれも似たような近代的なビルとはまったく異なる形で現れている。あちこちに凹凸があり、直線的でない。ふんだんに装飾がほどこされているが、ゴージャスというのでもない。複雑でゴワゴワした、引っかかりのある独特の存在だ。
写真で見ただけのサグラダ・ファミリアを、他の有名な大聖堂や何とかタワーと全然違うなとぼんやり思っていた。筍がニョキニョキ背を伸ばそうとしているカンジ。それが何に由来しているのか、この企画展で得心した。
建築という芸術は、完全な理想やインスピレーションだけでは成り立たない。人間がその中で安全に過ごせる強度とスペースが必要だ。そのために緻密な構造計算が求められるから、他の芸術と違った困難があり、素晴らしいのだという話を聞いたことがある。
それなのに、ガウディ作品は、本当に人工物と思えない。その内部の写真を見る限り、森か海の中、あるいは何か動物の体内にいるような気分になる。
現在のサグラダ・ファミリアをドローンで撮影した映像が流れていた。中心の塔は、高さ170mになるらしい。タワーマンションだと、50階建くらいに相当する巨大な建築だ。塔の上や外壁も含めた装飾は、観光で数日回るくらいでは全部を見きれないだろう。
聖書のあらゆる場面が再現された彫刻が施されている。いろいろな文字や動物が見えるし、フルーツみたいなかわいいタイルもある。ステンドグラスを通したカラフルな光は、虹色に見える貝殻の内側とか万華鏡みたいだ。無限に自己増殖しているような装飾で、きっと全体を逃さず見ることはできない。ただ、一つ一つを丁寧に見ていくと、世界中の出来事や歴史、人間が経験した感情が全部ここに詰まっているんじゃないかという気もする。映像を見ているだけで、忘れていた自分の中の古い記憶が次々と頭に浮かんでは浄化される。
ガウディは、生涯のうち43年間をサグラダ・ファミリアに捧げたらしい。その信仰や自然に対する思い、仕事への情熱などを語ったガウディの言葉も、とても魅力的だった。
行って良かった。暑いけど、何だか元気が出て、東京駅まで歩くことにした。
すぐ近くは、皇居の東側だ。ガウディの世界とはまた別の和風建築が見える。
暑い時間帯だけど、皇居ランをしている人が結構いた。お濠の水や柳が風に揺れているカンジが、少しだけ涼しく感じる。この辺り、やっぱりいいなぁ。キレイで歩くと気持ちがいい。