早押しのリアルと課題〜脱"昭和館"なるか〜
※以下の内容は2021年12月当時のものです。
2022年8月からアプリが改善され、Uberと似たようなシステムになっています。報酬単価なども当時とは大きく変わっており、現在はオークション形式で配達員が受諾するまで少しずつ上がり続けるシステムとなっています。
2020年5月に業務委託配達員の募集を開始して以来、他社と一線を画す「流れてくる複数の配達オファーの中から配達員が選んで受注する」システムを採る出前館。
AI等を用いて自動的に配達員にオファーを振り分ける仕組みとは勝手が大きく異なり、一定範囲内の配達員全員にオファーが共有されるため、短距離など配達員に有利なオファーは早い者勝ちとなります。
このことから、システムおよびオファーを受注するための行動は「早押し」と呼ばれ、出前館の大きな特徴となっています。
当初のアプリは視認性が悪く、雨天時を中心に誤タップによる受注も頻発するなど問題があり、2021年7月に現行のバージョンにアップデートされました。
しかし、画面一杯に表示されるオーダー数が4件→2.5件に減少し、アプリの反応も鈍くなったことから「早押しで勝てない」等の不評が相次ぎました。
そのため、新規参入者を主なターゲットとして有償で旧バージョンに戻す作業を個人が行い、ビジネスとして成立しているほどです。
ところが、2021年11月頃から「来年(2022年)春ごろに早押しを廃止する」という噂がTwitter上で流れ始めました。資本業務提携の関係にあるLINE株式会社のエンジニアによって、それを裏付けるような研究の取り組みも公開されました(詳しくはこちらをご覧ください)。
そして2021年12月13日、アンオフィシャルな情報ながら、出前館の拠点スタッフからの見聞として「来年2月から早押しシステムが廃止される」とのツイートが投稿されました。
筆者が配達員として生活資金を得るべく働き、時には注文者として利用する中で実感していた問題点が多く上げられており、筆者自身としても「早押しシステム」の是非について検討したいと感じたことから、早押しシステムのリアルとその課題について多角的に分析していきます。
そもそも「早押し」とは何?
出前館の配達員アプリ独自のオファー受注システムならびに、受注のために取る行動を指します。
繰り返しになりますが、Uber等が採用する「AI等を用いて自動的に配達員にオファーを振り分ける」仕組みとは大きく異なり、「一定範囲内の配達員全員にオファーが共有される」仕組みになっています。
例えるならば、Uber等他社は一人ひとりに食料が個別に配食されるのに対し、出前館は一人ひとりが食器を持って大鍋の周囲に集まって食料を得るような仕組みです。
原則として全てのオファーが等しい条件・等しい報酬で共有されるため、短距離など配達員に有利なオファーは早い者勝ちとなります。
このオファー受注競争は場合によって熾烈を極め、時にはコンマ数秒単位の戦いになることもあります。
このことから、出前館で効率良く最大限に稼ぐには「他者に負けないように素早くオーダー画面をタップして受注する」ことが必要となり、「早押し」という呼び方が自然に定着しました。
早押しシステムの特徴
それでは、早押しシステムの特徴について列挙します。
(1) オファーを自由に選べる
Uber等他社のサービスでは、AIが選んだオファーが自動的に提示され、配達員はそれを受注するか拒否するかしか選ぶことができません。
ところが、出前館の場合は「全員にオファーを共有する」システムであるため、受注したい案件だけを選んで受注することが可能です。
そのため、複数同時配達や短距離の注文だけを選んで配達することも可能で、オファー選びの自由度が極めて高くなっています。
(2) 配送距離等に関係なく固定報酬制
他社でよく見られる「1kmにつき○○円」というシステムではなく、たとえ100m程度の短距離でも、5km以上の距離でも、配達報酬は一律です。
首都圏の場合は1件715円が基本の配達報酬ですが、2021年12月現在ではインセンティブと称してより高い報酬が支払われており、昼・夕のピーク時には1件1500円を超えるエリアも存在します。
(3) 受取時間・受渡時間が定められている
「一定範囲内の配達員全員にオファーが共有される」仕組みであり、さらに範囲が半径数kmに及ぶ場合もあるため、Uber等他社のように「調理が完了するタイミングで配達員が到着するようにオファーを出す」ことが困難です。
そのため、オファーごとに受取時間と受渡時間が設定されており、配達員は原則として受取時間までに店舗に赴いて商品を受け取り、受渡時間までに注文者のもとに赴いて商品を引き渡します。
ただし、実際にはチェーン店を中心として「早ピック」と呼ばれる受取時間前の受取が常態化しています。
これはなぜかと言うと、「店舗への通知機能」(ゴング機能)があるためです。
本来は到着の約10分前に通知するリマインダー的な機能です。
しかし、悪天候時のようにリードタイムが長く設定される状況下では、オファーを受注してから受取時間まで1時間以上も開く場合があり、受取時間に従っていては配達員は無駄に待機することになります。
そのため、なるべく早く作ってもらい、それを前提に複数同時配達をこなす事例も見受けられます。店舗もこれに対応すべく、通知が来たら直ちに調理を始める店舗もチェーン店を中心に多くみられます。
逆に、個人店を中心に早ピック非対応の店舗も多く、早ピックの可否が店舗ごとにまちまちであることが遅配や様々な軋轢を生んでいることも事実です。
早ピックはあくまで例外ですが、前述した通り悪天候時等では受取時間に従っていてはあまりに配達員の効率が悪いために、早ピックが常態化しているのが現状です。
以下は早押しシステムそのものとは直接関係ありませんが、出前館のシステムの特徴として記述します。
(4) 各種対応は原則として電話で行う
Uber等他社の場合、商品の入れ忘れ対応など一部を除き、各種対応は基本的に全てアプリ上で完結します。
ところが、出前館の配達員アプリにはそういった機能は一切ありません。
そのため、サポートについては「拠点」と呼ばれる地域ごとの基地で勤務する出前館スタッフが担当しますが、(労力削減のために?)配達員個人で出来ることは原則として配達員が対応することになっています。
連絡手段は原則として電話です。拠点への連絡は事前登録を済ませればLINEも利用可能ですが、店舗ならびに注文者との連絡手段が電話しかありません。
その上、早ピックおよび一定以上の早配は原則として電話連絡が必要なため、電話の頻度がかなり増えます。
そのため、定額かけ放題サービス等に加入していないと電話料金が鰻登りとなります(筆者の体験談では、電話料金が1万円を超えた事例もあります)。
ちなみに受注後のキャンセルは店舗休業などやむを得ない事情がない限りは認めていない拠点が多いです。
早押しシステムの長所
(1) 能力次第で圧倒的に稼げる
オファーを自由に選ぶことができ、複数同時配達も3~4件という上限付きながら自由自在です。
そのため周囲の地理や交通に明るく、店舗ごとの待ち時間や商品の特性を把握し、所要時間を精密に把握することが出来る、いわばエスパーのような者であれば、効率の良いオーダーを取り続けることで件数を多数こなすことができます。
トップ層では1時間6件近く運ぶ者もおり、件数=配達報酬であるため、時給換算すると1万円近くになることもあります。
同一地点・同一方向・短距離・複数配達・時間などを組み合わせて、効率性を意識してオーダーを受注し配達することがよく行われています。
この行動は「組み立て」と呼ばれ、効率よく稼ぐための定石とされています。
(2) 自由度が高い
前述の通り、受注したいオファーのみを自由に選ぶことができるため、極めてフレキシブルな運用が可能です。このことが、能力次第で圧倒的に稼げる要因の一つともなっています。
早押しシステムの短所
(1) 熾烈なオファー獲得競争
「一定範囲内の配達員全員にオファーが共有される」システムである以上、配達員から見て好条件のオファーから順に受注されます。注文の少ない日や、マクドナルドのように短距離かつ調理も早いオファーでは、コンマ数秒を競うほどの極めて熾烈な競争が発生します。
もはや瞬間的な思考力と反射力の速さを競う競技です。
ただ、旧アプリが有利であったり、スマホや回線速度によっても有利不利が現れるなどの環境格差も大きいです。
良いオファーを逃したくない!という思いのあまり、ながら運転をして事故を起こしたり、無茶な受注をして遅配や過度の早ピックをする事例もよく見受けられます。
雨天時においても好条件のオファーは数秒程度で受注されることが多く、早押しシステムが常に画面を注視するストレスを生じ、事故をも惹起すると断言してよい状況です。
(2) サービス水準の低下
とにかく「早押しに勝つ」「件数をこなす」ことがインセンティブかつ報酬に直結するため、「いかに短い時間で効率良く稼ぐか」が第一となります。
その結果として、過度な早ピックを実行したり急かしたりして店舗に迷惑をかけたり、逆に無理な複数同時配達のために遅配したり、遅配はせずとも受取から受渡まで過度に時間がかかって商品が冷めたり麺類の場合は伸びたりして注文者に不利益を被らせたりと、多方面でのサービス水準の低下が発生しており、クレームにも繋がっています。
「お客様第一だろう。金のことしか考えない配達員が悪い」という声もあります。実際、出前館としては「同一方向かつ時間を厳守できる場合」に限って同時配達を認めていますが、配達員アプリではそれに反する受注が可能です。
このようにシステムとして「とにかく件数を稼ぐ」ことを助長・惹起するような構造になっている以上、根本的解決は難しいでしょう。
(3) 配達員同士の格差が露骨に出る
早押しシステムの関係上、Uber等他社と比較してあらゆる面で個人の力量に左右される面が多いため、配達員同士の格差は露骨かつ大きなものになります。
現に、先程のツイートによると、ある拠点では上位数名で拠点全体の1/3の件数を稼いでいる現状があるといいます。
拠点にもよりますが、筆者の所属する複数の拠点のLINEグループに加入している人数は平均約450名であることから、仮に配達員全員がLINEグループに加入しているものと仮定すると、約1~2%の配達員が1/3(約33%)の件数を稼いでいることになります。
1時間に5~6件をこなす配達員がいる一方、1時間に1件配達できるかどうかの配達員がいるのが現状です。
この格差は極めて大きく、それによるあらゆる弊害が発生しています。
・上位配達員がオファーを巧みかつ大量に受注してしまうため、新規参入した配達員が受注できず稼げない。よって新規配達員が定着しない。
・件数が報酬に直結し、優劣にも直結するため、無理してでも件数をこなす。
・稼げる配達員の傲慢化と弱肉強食思想の蔓延(稼げない配達員を露骨に見下し、無能扱いする等)。
・一部の稼げる配達員による利益の寡占。
・自転車と比べてスピードを出せるバイクが明らかに有利。
ほかにも、
・noteで「早押しで勝つためのコツ」が有償で販売される。
・有償(5,000円程度)で配達員アプリを早押しに有利な旧アプリに戻すビジネスが繁盛する。
このように、不平等な社会では何が起こるか?を具現化した一種の不平等社会の縮図と化しているのが現状であり、社会学の研究テーマにもできそうなほどです(詳細についてはまた別の記事で述べます)。
新規配達員が定着しないことは、仕事を確保するという公益性に反するほか、仮に"稼げる"配達員が一挙して抜けた場合、深刻な配達員不足に陥るリスクもあり、現状はもはや公正かつ自由な競争ではなく、「機材や環境に恵まれ、かつ要領の良い配達員ばかりが良い思いをする、不公平な競争」と言って差し支えないのではないでしょうか。
(4) ほとんど誰も得しないシステム
配達員全員にオファーが共有されるシステム、受取時間や受渡時間の指定、早ピックの常態化、オファーを受注する段階では地図が表示されず地名しか表示されない...等、はっきり言ってほとんど誰も得しないシステムです。
得をするのは、一部の稼げる配達員のみです。
彼らは機材や環境に恵まれ、要領が良く、瞬発力もあり、配達に必要なあらゆる情報を熟知しています。
彼らが既得権益層と化し、新規参入のハードルを意図的に上げています。
稼ぐために全力を注ぐ彼らの努力は称賛すべきものかもしれません。
ですが、彼らだけが得をして、店舗や注文者、他の配達員、ひいては株主が得をしないシステムで良いのでしょうか。
新規参入者のハードルが高いギスギスしたもので良いのでしょうか。
こうした状況を招いているのは、ずばり早押しシステムです。
一部の稼げる配達員だけが得をし、それ以外は得をせず、むしろ損ばかりをする。こうした状況は配達員確保や将来の展開から見ても損であると判断したからこそ、早押し廃止の流れになったのではないでしょうか。
現金対応においても旧態依然とした、誰も得しないシステムです。
他社が「その日の配達報酬と現金受領分を差し引き、報酬の方が上回れば口座に振り込む。現金受領分の方が上回ればUberに振り込む」というシステムなのに対し、出前館は「当日22時まで(条件を満たした場合は翌日15時まで)に拠点に赴いて精算」という、アナログで手間のかかるシステムです。
あらゆる面で非効率と不条理の塊であり、旧態依然とした古き悪しき時代の残滓を感じさせます。後述するアプリの使いづらさも含めて、「昭和館」と揶揄される原因となっています。
(5) 店舗ごとに異なる対応
受取時間のルールは比較的守られているものの、早ピックの対応可否については店舗ごとにまちまちです。
チェーン店は可能な店舗が多い一方、個人店は対応不可の場合が多いです。
実際問題として、個人店のようにマニュアル化されておらず調理にも時間がかかる店舗では、「すぐに来られても迷惑」という声も度々聞きます。
現に、すぐそこの店舗のオーダーが入って即座に受注するようなケースでは、店に着いても「今注文が入ったばかり」というケースが多いのです。
また、出前館以外のフードデリバリーのオーダーや、イートインのオーダーもあることから、早ピックについて制限を設けているものと思われます。
しかし、配達員の利害とは真逆です。
配達員はとにかく件数を稼がなければ効率良く稼ぐことができません。そのため、早ピックをする配達員が目立ちます。
こうしたこともあり、チェーン店が比較的早く受注される一方で、個人店はなかなか受注されない傾向もあります。
しかし、そもそもの原因を作っているのは「早押しシステム」であり、根本的解決には早押しシステムの廃止しかありません。
(6) アプリの使いづらさ
Uber等他社と比べてアプリのUIが洗練されておらず、使いづらい点が多いです。
列挙すると、
・受注する前のオーダーには地図が表示されない(地名のみ)
・画面全体に2.5件分しか表示されない
・ソート機能が一切ない
・通知音が耳障り(電話の着信音が4回連続で鳴る)
・アプリの地図が小さく見ずらい
・受注できる最大件数(3~4件が多い)まで受注すると、新規オーダーそのものが一切表示されなくなる
等が挙げられます。
画像にすると、このようになります。
こちらがオファー画面です。
最大件数まで受注した場合、このようになります。
ここでは決定タブを表示していますが、オファータブに移行すると「オファーがありません」の表示になります。
ちなみに、以前の旧バージョンはこのような表示がされるようです。
とにかくアプリに課題が多く、稼働のストレスの原因となっています。
特に通知音は「昭和館」の象徴と言っても過言ではないほど旧態依然としていて耳障りであり、これを理由に出前館では稼働しない配達員もいるほどです。
通知音の変更もできません。
早押しシステムのリアル~実体験をもとに~
※加筆予定です。
早押しの今後と次のシステムについて
拠点スタッフが「早押しは廃止予定」と話し、また同時期にAI配車の取り組みが発表された以上、非公式情報ながらも早押し廃止の信憑性は高いと思われます。
この情報によると、次のシステムでは、UberのようなAI配車となり、複数同時配達は不可能になるとのことです。ただ公式発表ではないので、変更がある可能性もあります。
とはいえ、早押しの廃止は確実と思われます。
2022年2月というのは送料無料キャンペーンが終わるタイミングであり、オーダー数の減少が予想されるため、複数同時配達の必要性も薄くなる時期でしょう。
それに早押しシステム自体が長所に比べて短所が圧倒的に際立っており、様々な点で極めて問題のあるシステムです。企業側としても存続させる意義は皆無でしょう。
次のシステムの詳細は不明ですが、機械学習を用いたシステムになるとのことで、Uberと同等クラスの先進的なシステムになるものと予想されます。これにて、脱"昭和館"が実現するものと思われます。
稼げる人は今のうちに稼ぎ、稼げていない人は早押しの廃止を期待しましょう!
稼げる人の効率は下がるかもしれませんが、トータルでは上がると予想されています。時期的にも巻き返しを図るUberとの競争が加速すると思われ、今後どうなっていくか見逃せません。