【映画】ストップ・メイキング・センス Stop making sense/ジョナサン・デミ
タイトル:ストップ・メイキング・センス Stop making sense in 4K 2024年
監督:ジョナサン・デミ
映画館で観るのとDVDを家で観るのとは当然感じるものは大きく変わる。画面の大きさに限らずオーディオの違いもあるが、やはり暗闇の中で集中して通して観ることで得られる没入感は、映画館で観ることの醍醐味なのを改めて感じる。どうしても家で観ていると気が散る時が多々あるし、本作でいえば好きな曲を聴こうとしてザッピングしがち。実は劇場で観るのと、頭から最後まで通して観るのは初めて。いつも途中で集中力が切れてしまって映画としては入り込めないままの状態が常にあった。その点で映画館で観れば強制的に最後まで観ることになるので、それも映画館で観る事の意義とも言える。
この数年でも本作はリバイバル上映が幾度かされていたが、今回はA24がネガプリントを探し当て、リマスターが施された事で映像とサウンドが格段に向上している。特に後半のステージが暗闇に包まれる辺りは、これまでグレインの強い粗い映像だったが、暗闇がしっかり黒に包まれていて明暗がくっきりと浮かび上がっている。フィルムが持っているポテンシャルを引き出す4Kリマスターだけど(フィルム自体は12Kくらいのポテンシャルを持つと言われている)、暗闇のグラデーションがしっかり出せるのが4Kデジタルの面目躍如でもある。
まあ何よりも1983年当時のライブ会場にいるような雰囲気が味わえる事が本作の一番大きなところだが、とにかくライブバンドとしてのトーキング・ヘッズのノリに乗った演奏のダイナミズムを浴びる様に味わえるのが楽しい。家のオーディオでは感じられなかった躍動感と熱気がここまであったのか!という新鮮味が強い。トーキング・ヘッズといえば、各アルバムでのトリッキーで抑制の効いたバンドのイメージが強く、グルーヴィな演奏も多いがフィジカルは二の次にされる場面が多い。このライブ映画が40年経っても支持されるのは、躍動感と熱気がパッケージされていて、頭でっかちなバンド像とは違う一面に触れる事が出来るからこそだと思う。シアトリカルというには括れない、走ったり、転がるふりをしたり、ガニ股で歩んだりとプリミティブなまでにフィジカル全開で、抑制と離れたバンドの姿がしっかり映像とサウンドで重なり合っている。後の「アメリカン・ユートピア」に受け継がれているが、パフォーマンスの抑制や円熟が今のデヴィッド・バーンの表現であり、それも充分魅力的ではある。しかし、本作でのまだ未分化でほとばしるエナジーを放出する熱気は、ある時代のある瞬間を閉じ込めた記録としてあって、だからこそライブ映画のマスターピースとして今でも君臨し続ける。
セットリストを見ると、これまでのアルバムの楽曲で漏れているものの中でもっと良い曲は沢山ある。「Speaking in tongues」のツアーなので、このアルバムからの曲が多く含まれるが、ライブ映えを考えればバンドのバリエーションをしっかり感じさせる選曲でもある。ライブ映えする曲とアルバムの良曲が必ずしも一致しないのは当然としても、イーノプロデュース時代の「Fear of music」や「Remain in light」の楽曲が少ないのは、作り込まれた楽曲よりもフィジカルに寄せた結果だったのではと感じる。
それにしてもバーンの歌詞は今見ても普遍性がある。抽象的で、感情よりも実存や情景描写、心理描写に軸を置いた一見何を言いたいのか分かりにくい歌詞は、曖昧な部分を含める内容だからこそ、その後の湾岸戦争や911、原子力など人類が抱える物事が意図しなくとも予見される。第二次対戦後のアメリカが抱える矛盾や葛藤、サバービアの幸福と不幸など、日常の中のふとした瞬間を心の奥深くにある感情を炙り出している。大それた反戦や人間関係の不破を高らかにステートメントするわけではないのに、その裏側にある不穏さや内実が伝わってくる。シンプルな歌詞(ジム・オルークもバーンのシンプルで奥深い歌詞を絶賛していた)ではあるが、心の深くに澱む感情を炙り出すところは今現在でも突き刺さってくる。トムトムクラブの「Genius of love」の楽観的な歌詞と比べると、バーンの抱える問題意識がコントラストとして浮かび上がってくる。
とはいえ、ベースのティナ・ウェイマスのコケティッシュな魅力は格別(トーキング・ヘッズがリファレンスしたボハノンの存在は改めて触れるべき)。元々ギタリストであるために、バンド結成当時はベース演奏で食いつくのが精一杯だったというのが不思議なくらいバンドを裏で支えている。ヘフナーのクラブベースを持つ姿の勇ましく堂々たる姿は印象に残る。
サントラ盤のUSオリジナルは、ブックレットが外付けされた変形デザイン(UK盤はシングルジャケット)。ロバート・ラウシェンバーグが手がけた初回盤の「Speaking in tongues」のデザインなどもあったが、バンドのアーティーなバンドのあり方が垣間見れる。CDはブックレットの内容と邦訳もあるので配信だけでなくフィジカルも入手したいところ。