街角クラブ〜ミナスサウンド⑩/21世紀の街角クラブ その3
アントニオ・ロウレイロのバンドに参加しているベーシストのフレデリコ・エリオドロと、ドラマーのフェリッピ・コンチネンチーノはそれぞれリーダー作をリリースしており、二人ともジャズベースな活動を主にしているものの、近作はマーク・ジュリアナに触発された様なビートミュージックや、クラブミュージック的アプローチのアルバムをリリースしている。ジャズミュージシャンという出自に囚われない、他ジャンルの音楽性も取り入れていて、昨今のアメリカのジャズシーンとリンクするような表現が行なわれている。
冒頭の動画はブラジルでも活動しているアルゼンチン出身のパブロ・パッシーニのライブで、バックにフレデリコとフェリッピが参加し、さらにアカ・セカ・トリオのアンドレス・ベエウサエルトも加わっている。国やジャンルの垣根を超えた繋がりをここでも感じることが出来る。
フレデリコはアントニオ・ロウレイロと共に、アメリカジャズギターの名手カート・ローゼンウィンケルのカイピバンドに参加しており、今後ブラジルを飛び出して大きく飛躍する日もそう遠くないかも知れない。
Fredelico Heliodoro フレデリコ・エリオドロ
・Verano(2013)
・Acordar(2015)
ベーシストのフレデリコ・エリオドロは、街角クラブ直系のミュージシャンであるアフォンシーニョの子息。ロウレイロのアルバムに参加している事もあり、音楽性に通じるところがある。「Verano」は清涼感のあるスキャットから始まり、ブラジルらしいポップさを内包しつつ完全にジャズサイドのアルバムとなっている。これまで紹介してきた近年のミナスのミュージシャンの多くに当てはまるのだけれど、それぞれ楽器を担当しつつもそれぞれ演奏しつつも声も楽器として扱う比重は高い。ミルトン・ナシメントがスキャットで表現してきたように、ブラジルの音楽全般に言えることかも知らないけれど、彼らも自然とそういった表現を行なっているのが面白い。
続くアルバム「Acordar」にいたっては完全に歌を中心にシフトし、マーク・ジュリアナに通じるビートミュージックや、レディオヘッドやシガーロス、コールドプレイのようなポストロック以降のインディーロックに仕上がっている(歌い方は少しばかりU2のボノを彷彿とさせる)。
Felipe Continentino
フェリピ・コンチネンチーノ
・Felipe Continentino(2013)
・Ephemeral /Plipp(2017)
ジョアナ・ケイロスやアントニオ・ロウレイロのバンドにも参加しているドラマーのフェリピ・コンチネンチーノ。
アルバム「Felipe Continentino」では現代のジャズに仕上がっており、名前や国を伏せて聴けばアメリカのジャズだと紹介されても疑わないかもしれない。
彼もユニークなのが、プリッピ名義の「Ephemeral」ではテクノのような打ち込みのエレクトロニックなアルバムをリリースしている。かつてアシッドハウスでよく使用されたローランド社のベースシンセサイザーTB-303のぐにゃぐにゃとしたレゾナンスのトーンが印象的なタイトルままの「Miniacid」。
エイフェックス・ツインやスクエア・プッシャー(一番影響を感じる)のような雑多なポストテクノな「Egoctrenic」、「Nostalgic」や、サウンドファイルをスライスしたグリッチな音色のエレクトロニカナンバー「Garbaji」、「Rita?」、「Ondah」など、かつてのシカゴのポストロックや、ドイツのレーベルのモールミュージックやミルプラトーに通じる音楽性が面白い。ライブではドラムセットに機材を並べて演奏しながらシーケンサーを操作している。
Pablo Passini パブロ・パッシーニ
・Niños(2013)
・Videotape(2017)
アルゼンチンのパブロ・パッシーニはバックにフレデリコとフェリピを従えたアルバムをリリースしている。
彼の音楽性はブラジル、アルゼンチンにとどまらない南米のジャズシーンの一端を見ることができる。
アルバム「Niños」はオーソドックスな現代のジャズアルバムではあるものの、続く「Videotape」ではフェリピのドラムは重心が下がり、フレデリコのベースもエレクトリックなものに置き換わっている。パブロのギターもトータスのジェフ・パーカーの様な表現に変わり、南米のジャズが次のフェイズへとシフトしつつあるのが分かる。レディオヘッドなどUS、UKのインディシーンも視野に入れた表現なのが音色から伺える。90年代のシカゴのポストロックにも通じる音楽性を感じる。
Kurt Rosenwinkel カート・ローゼンウィンケル
・Caipi(2017)
アルバム「Caipi」ではカート・ローゼンウィンケルと共同プロデュースとして名を連ねるペドロ・マルチンスの二人が主体となっていて、ロウレイロはゲストで参加しているだけだが、ライブ用に組まれたカイピバンドではパーマネントなメンバーとしてドラマにロウレイロ、ベースにフレデリコが加わっている。
ブラジル音楽というよりも、シー・アンド・ケイクやステレオラブを彷彿とさせる曲に驚かされる。ライブではロウレイロもフレデリコもバッキングに徹していて、彼らのソロとは異なるもののこういったフィールドでも問題なくこなすプレイアビリティの高さに彼らの柔軟さを感じる。
Pedro Martins ペドロ・マルチンス
・Vox(2019)
「Caipi」で共同プロデュースを手掛けたペドロ・マルチンス。今作はカート・ローゼンウィンケルと共にプロデュースを行い、メインの楽器はギターながらも鍵盤楽器やドラム(プログラミングも)などマルチに手掛けながらも、作曲、アレンジと二十代半ばという年齢が信じられないほどの早熟さは、かつてのロウレイロやアレシャンドリも充分に早熟だったが、それ以上に若さを感じさせつつも熟達している。圧倒的なプレイアビリティでカイピバンドでも最年少ながら存在感の大きさを感じさせたものの、今作では演奏で圧倒させることよりもコンポーズに注力している印象もあり、ファーストアルバムのジャズ然としたアプローチから、カイピバンドを経てよりポップな歌モノへとシフトしている。
ロウレイロが6曲、フレデリコが4曲で参加している。さらにゲストでブラッド・メルドーとクリス・ポッターがそれぞれ1曲参加している。
柳樂光隆さんによるインタビューも必読。
Daniel Santiago ダニエル・サンチアゴ
・Union(2018)
ロウレイロのアルバム「Só」にゲストでの参加や、ペドロ・マルチンスとのデュオもリリースしているダニエル・サンチアゴ。
アルバム「Union」はペドロ・マルチンス(演奏はギターではなくキーボードとプログラミング)との共同プロデュースで、ロウレイロ、フレデリコも参加している。サウンドはカイピバンドの延長線上にあり、共通した部分がペドロ・マルチンスの音楽性なのではと推測出来る。
こちらはカイピバンドやペドロ・マルチンスのアルバムのモダンさに比べるとフュージョンっぽさを感じさせる。1曲シャイ・マエストロがゲストで参加している。
ここからはもう一組、ウアクチと関わりのあるレアンドロ・セザールとイレーニ・ベルタチーニが参加したウルクン・ナ・カーラを取り上げたい。
Urucum na cara ウルクン・ナ・カーラ
・A beira do dia(2013)
レアンドロ・セザールとイレーニ・ベルタチーニが参加していたウルクン・ナ・カーラ。ゲストでアレシャンドリ・アンドレスが参加している。
小編成のチェンバーでフォークロアな雰囲気ももつモダンサンバなバンド。歌はよくある様なユニゾンを強調することなくコーラスがハーモニーを取っていたり、全体的にオーガニックな肌触りがある。ミストゥラーダ・オルケストラとはまた違った土着的なものと洗練が隣り合った音楽性が展開されている。
Leandro César レアンドロ・セザール
・Marimbaia(2017)
ウアクチの門下生でもあり、創作楽器の作製も担当しているレアンドロ・セザール。自作楽器の奏でる音色は決して気をてらったものではなく、コミカルさを持ちながらも高い音楽性の元に楽曲が構築されている。弦楽が絡みチェンバーかつインティメイトな雰囲気があり、夢見心地でユニークな表現が面白い。
Irene Bertachini イレーニ・ベルタチーニ
・Irene Preta,Irene boa(2013)
・Lili canta o mundo(2017)
ウルクム・ナ・カーラに参加していたイレーニ・ベルタチーニも一筋縄ではいかない音楽性を持っている。
「Irene preta,Irene boa」では口笛とスティールパンの涼しげな音色が印象に残る「Não precisa pedir licença」から始まり、弦楽器やフルートなどの管楽器も多用されたチェンバーなアンサブルを加えながらもクラシカルではないMPBとなっている。それにしてもブラジルの女性ボーカルは奥深い表現をもつ素晴らしい人材が多い。
「Lili canta o mundo」は子供向けのアルバムのため各所でナレーションが入るが「Cantiguinha de verão」の様にチェロの美しい響きと軽やかなフルートが乗ったアレンジが各所に散りばめられている。こと音楽だけに注視すればコミカルさはあるものの、チルドレンミュージックらしからぬアルバムでもある。
Felipe Jose フェリッピ・ジョゼ
・Circvlar Mvsica(2013)
ミナス連邦大学出身でチェロやフルートなどをこなすフェリッピ・ジョゼ。ハファエル・マルチニの「Motivo」ではフルートを、グルーポハモではチェロで参加している。
ヴィオラォンをバックにチェロ、フルート、パーカッションが絡みチェンバーなアンサンブルで、和音感とメロディがブラジルらしさを表している。川の流れの様なスケール感のあるチェロの響きが印象に残る。
Ilumiara イルミアーラ
・Ilumiara(2015)
レアンドロ・セザールを中心に結成された5人組のフォークロアバンド。
クリストフ・シウヴァとハファエル・マルチ二、フェリピ・ジョゼがアレンジで参加しているせいか、フォークロアな雰囲気を持ちつつもポップさも持ち合わせていて、ビリンバウの音色が加わったりとチェンバーな雰囲気のふくよかで奥行きのある音楽に仕上がっている。ジャケットの絵はレオノーラ・ヴァイスマンによるもの。
Coletivo A.N.A. コレチーヴォ・アナ
・ANA: Amostra Nua De Autoras(2014)
レオノラ・ヴェイスマン、レオポルヂーナ、イレーニ・ベルタチーニ、デームッスリーニ、ラウラ・ロペス、ルアーナ・アイレス、ルイーザ・ブリーナ、ミシェーリ・アンドレアッツィら8人の女性ヴォーカリストのコラボレーションアルバム。バックにハファエル・マルチニ、フェリーペ・ジョゼ、レアンドロ・セザール、ハファエル・マセード、ジョアナ・ケイロスが参加。
厚みのあるコーラスとソロボーカルの対比が主体ではあるものの、演奏と楽曲もクオリティが高い。ユニゾンでメロディが強調されつつも、ハーモニーに切り替わったりと縦横無尽にカラフルかつオーガニックでナチュラルな歌声は、まるで森の中にいるような(ミルトンを思い出す)感覚を醸し出す。
最後にここまで紹介した人たちのざっくりではあるが相関図を付けておく。
ここで紹介した以外にもミナスの音楽はあるので、気になる方は中原仁氏が監修した「21世紀のブラジル音楽ガイド」も合わせて読むことをお勧めしたい。