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【映画】フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンサス・イヴニング・サン別冊/ウェス・アンダーソン

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タイトル:フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンサス・イヴニング・サン別冊 The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun 2021年
監督:ウェス・アンダーソン

アメリカ映画を観ているとフランスへの憧憬が描かれるものに度々出くわす。ぱっと思いつくものでもバームバックの「フランシス・ハ」やチャゼルの「ララランド」、皮肉も込められたアレンの「さよならさよならハリウッド」など、他にもたくさんあると思うのだけれど、特に近年はあからさまに憧れをさらけ出す作品は少なくない。(アメリカの富裕層が子供をフランスへ留学させる事も多い)。ヌーヴェルヴァーグに限らず、アカデミックな部分でフランスやヨーロッパの映画やカルチャーに触れ、自作に落とし込むアメリカの映画監督は増えているように感じられる。90年代以前と違って、00年代から10年代にかけてバジェットの確保が大手資本主導ではなくなっていることから、ハリウッドでもインディペンデントな映画の作りに変わってきている事も大きい。近年のアメリカ映画がかつての商業主義から逸脱した内容に変化してきているのは、バジェットの部分で監督主導に移行したことで、撮りたいものを撮る姿勢に変わってきている。例えば「シェイプ・オブ・ウォーター」(この映画でもフランス繋がりとして、セルジュ・ゲンズブールのラ・ジャヴァネーゼのカバーが流れている)と撮ったギレルモ・デル・トロのように、大手資本が出資しない代わりに監督自身でバジェットを確保することで、撮りたいものを撮る時代というのが10年代以降のアメリカ映画の洗練されつつも、個人の視点が入り込んだ映画の世界が増えつつある。その最たるものがA24や、フォックスのサーチライト・ピクチャーズといった配給会社が配給する映画だと思う。
そんなアメリカ人によるフランスかぶれが全開だったのが本作「フレンチディスパッチ」なのだけれど、安直にフランス成分100%にせず、物語の雑誌社がカンサスの雑誌社のフランス視点だったり、ニューヨーカー誌へのオマージュといったハイブリッドだった所が一番のポイントだった。アメリカから見たヨーロッパ、それとは真逆のヨーロッパから見たアメリカにしても、大陸間を跨いだストレンジャーとしての視点を含む事のバランスは作品に影響する。フランスどっぷりではないバランスが、図らずも両者の差異をあぶり出している。看守役のレア・セドゥ以外のセリフが英語という所はどうなの?と思ったが、物語の中心となっているのがアメリカからの支社と考えれば(そもそもアメリカ映画なので)まあ致し方ないかなと思わされてしまう。
配役に関しては申し分ないと思うのだけれど、監督も出演を切望していたベニチオ・デル・トロの役所が一番印象に残る。仕草だけで画を作る事ができる俳優なので、若干奇抜なキャラクターの設定でも、奇抜さがかえって目立たないあたりは流石。
作中一番の見所はティモシー・シャラメの「宣言書の改訂」の、60年代中ごろのゴダールオマージュで、色合いやカットにゴダールの影響が色濃く感じられる。冒頭から完璧と言わざるを得ないセットの作り込みの様はジャック・タチを思い浮かべるし、インタビューでもジャン・ジャック・べネックスやレオス・カラックスの名前も登場していた。

シャンソン歌手としてティップ・トップという架空の歌手で歌が登場するジャーヴィス・コッカーは、この映画がきっかけでシャンソンのカバーアルバムを一枚リリースしている。

00年代に一部のイギリスやアメリカ(ベックなど)のミュージシャンのなかで、セルジュ・ゲンズブールのブームがあったが、特に隣国イギリスでもフレンチカルチャーは少なからず影響を受けている。逆も然りで、ゲンズブールは幾度かイギリスで録音を行っていた。

アメリカとフランスの相関関係を考えながら見ていくと、より楽しめる映画だと思う。途中出てくるアニメーションなんかは、アメコミとバンド・デシネの違いもあるだろうし、美術という所でもキュビズムやデュシャンがもたらしたヨーロッパとアメリカの美術の関係も繋がってくるように思える。
個人的にはウェス・アンダーソンの映画はデザインとして秀逸だと思うのだけれど、映画としてはのめり込めない部分がある。特に「グランド・ブタペスト・ホテル」はそれが顕著で、セットや小物の作り込みは凄いと思ったが、映画として感動したかといえばそうではなかった。今作もウィットやユーモアは多分に含まれていたけれど、手放しに楽しめたかといえば少し疑問が残る。作り込んだ世界観は素晴らしいと思うのだけれど、この先心にぐいっと刺さるような表現も織り込んでもらえたらなんて希望を感じるのは贅沢なのかもしれない。


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