【映画】偶然と想像/濱口竜介
タイトル:偶然と想像 2021年
監督:濱口竜介
劇場をどっと笑いの渦に巻き込みながら、そこにある狂気が頭から離れなかった。
それが何かと言えば、第三話「もう一度」の中盤で、それまで親しく話していた二人の距離が一気に離れる”ある出来事”に触れた時、ある種の恐怖が画面いっぱいに一瞬立ち込めていた。よく知っていると思った人間が、全く知らない赤の他人で自分のプライベートな場所に立ちいる事にハタと気付く時の違和感(いきなり敬語になる台詞回しはシンプルだけど距離感が如実に現れる)。しかも何を間違ったか自分から迎え入れてしまっていて、親近感から異物感へと感情が強制的にシフトチェンジさせられる恐怖。三話とも似たように、親近感から異物感への様変わりが描かれていて、どのキャラクターもある種の恐怖や脅威を感じている。よく知らない、もしくは知っているが何を考えているのか分からない人物が、仕事場や生活空間の場にいる事の違和感/異物感。この映画は言い換えればホラースレスレな状況が続くストーリーと言えるのかもしれない。第一話「魔法」に登場するモデルの子や、第二話「扉を開けたままで」の大学に通う主婦らの存在は、対する元カレや教授にとって脅威であり、言葉では言い表せられない魅力的な存在でもある。一歩間違えば猟奇的な場面へ突入しかねないクリシェと捉えても違和感はないかもしれない。そう考えると血みどろのシーンが出てきそうな雰囲気は感じられる(そういう描き方をしてしまうとタランティーノっぽくなるし、かえって安っぽいドラマになってしまっただろうなと)。とはいえ、ホラーを想起させるクリシェが生み出す違和感と緊張感が生み出すものと背中合わせになった滑稽さは、他人と関係した時のすれ違いの本質なのではないだろうか。
しかし、この映画は脅威と恐怖と背中合わせになったコメディである。監督のインタビューによると、全てを意図して笑いに転化させわけではないと言っているが、緊張から弛緩へスムーズな流れが生み出す笑いは凄い。真顔で真剣に話している時の滑稽さは、理解し合えないはずなのに本人たちの枠を超えた繋がりをもたらしている。三話とも予想だにしない所へ着地し、まかり間違って感動まで生み出している。心に空いた穴という台詞が登場するが、モデルの子や大学生、同窓会に来た女性のそれぞれにぽっかりと空いた穴がそれぞれ違った形で埋まっていく。結果的には穴は空いたままなのかもしれないけれど、そこにある空疎さがどこから生まれてきて、何を抱えているのかが主題だったのだと思った。
ホラーという点では、第二話のラストシーンで何もかも破綻し疲れ果てた表情を浮かべる主人公の振り切れた先にある、背筋が凍るような笑みは短編小説ばりの読後感をもたらす。先日ブルーレイで観た「ハッピーアワー」のディスク一枚目のラストで、とあるキャラクターが目をかっぴらいてこちらを鋭く見つめる背筋が凍りつくような
シーンの異物感がフラッシュバックした。濱口監督が生み出す何気ない日常空間が、異空間へと変化する瞬間への強制的なシフトチェンジは、この短編でも存分に発揮されている。
本作の内容の充実したパンフレットで、エリック・ロメールについて存分に語られているが、韓国のロメールと言われるホン・サンスに通じるオフビートさも感じられた。特にホン・サンスで特徴的なズームが本作で二度登場している(一話目のトリッキーな取り上げられ方はちょっとびっくり)。ホン・サンスが描くズームは、映像が寄ることで物理的なだけでなく内面へと入り込みキャラクターの解像度を上げる効果があるが、本作でもズームする事で、キャラクターの内側に没入する感覚を生みだしていた。濱口監督がロメールだけでなく、ホン・サンスの良き理解者なのもよく分かる。