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【映画】ハッピー・オールド・イヤー Happy Old Year/ナワポン・タムロンラタナリット

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タイトル:ハッピー・オールド・イヤー Happy Old Year 2019年
監督:ナワポン・タムロンラタナリット

北欧の真っ白なミニマルデザイン。MacBook Pro。APCのトートバッグ。オリンパスのカメラと日本語で書かれたフィルムのパッケージ。コンマリ。Tokyuの紙袋。画面の中に映るものの一部に、日本に住む僕らが普段から接している物が並んでいる。僕自身、CDやレコード、本、楽器に囲まれていて、物をなくしてさっぱりとした空間で生活したらどんなだろうと、かなりの頻度で想像する。機能的で無駄のない居住空間。スッパリと切り離せない物に囲まれる生活を送りながら、それらが持つ磁場に常日頃から束縛された人ほど、この映画は身をつまされる想いに晒されるのではないだろうか。
舞台となるタイの街並みは主人公ジーンのバックで常にボヤけていて、スウェーデンに留学しミニマリズムに目覚め、自分が求めている世界はこことは別の場所にあったものと言いたげなくらい、映画に中ではタイという地域性は希薄になっている。街並みが少しばかり映りこむ時は、主人公がいる場所を説明するために出てくるくらいなもので、ストーリーや人物描写を含めて「説明しない」と言うことをあらゆる所で物語っている。てっきり死別したと(僕は)思い込んでいた父親とのやりとりや、母親との確執だけでなく両親に一体何があったのかも知らされない。出てくる人々の描かれる様はあくまでも物を主軸にした過去の一面を見せるだけで、それ以外の情報の説明は一切ない。台詞の中でいくつかヒントは出てくるものの、あくまでも会話の中での流れに沿ったもので、それ以上の意味はなさない。ジーンや兄ジェーの顔立ちが典型的なモンゴロイドな雰囲気があるせいか、どこか日本映画を観ている感覚が沸き起こるけれど、もしこれが日本映画だったらもっと説明的になるだろうし、ホンワカハッピーエンドな結末になっていたと思う。我々と凄く近い日常を感じさせながらも、より一歩踏み込んだ内容になっていたから、物語中半以降、映画に引き込まれていった。
映画の大筋であるテーマの断捨離は、日本でも一世風靡したコンマリメソッドが絡んでくるものの、恐らく物を抱えた人々が持つ取捨選択のジレンマのその先を描いている。特に印象に残ったのは、物事の遺恨に対して片方が忘れるのではなく、両者が忘れる事で遺恨は解消されるといった台詞だった。劇中でジーンが謝罪する場面に対して自分だけが救われようとしていると言う辛辣な台詞の返しは、自分の行動を省みて、あー確かに成る程なと思わされた。恐らく大半の映画やドラマでは、一方の謝罪がもたらすカタルシスで許しが生成されて当事者同士の気持ちが消化される事が殆どだと思うけれど、本作ではその部分については更なる断絶を生んでいる。ドラマでは簡単に乗り越える描写でも、現実には片方が腹に一物抱えたまま、後日気持ちがぶり返すことも少なくない。その場ではすんなり事が済んだ様に見えながらも、実際にはそれぞれが抱える感情や思いが異なっていると言うのも当然だと思う。物語の後半に行くほど、人物同士のそういった感情の機微が描かれていて、複雑な想いが交差していた。
単純な断捨離スペクタクルではない。物がもつ過去の呪縛を解く先に、友情もあれば断絶や別れを誘発する行動に繋がっている。特に元彼エムと、その彼女ミーとのやりとりは心をざわつかせてくれた。過去を乗り越えて新たな関係を築こうとするあまり、起きた出来事はこの映画のクライマックスでもあったと思う。キーになったTシャツなど小道具の使い方も巧みで、さらっと流しながらも、やっぱりそこが引っかかるよねと言うのがごく自然に描写されていて胸を打たれる。
幼い頃のジーンと家族の写真の存在も映画のラストにかけて、実に秀逸な描写だったと思う。兄弟ともに忘れ去られていた家族の記憶が蘇りながらも、それに執着する母親と、乗り越えようと真っ向から直面する兄弟の姿の対比も、ラストのジーンの表情にその全てが乗りかかっていた。
貸したもの借りたものがそのままになっている人は、物が間に挟まった状態の関係に対して想像する事があると思う。今、借りたもの貸したものを通じて、その人と出会ったらどういう感情が生まれて、どういう行動を取るんだろう?僕はといえば借りたままのものもあるし、貸したままのものもある。返してくれと懇願したこともあれば、されたこともある。いかに自分が適当な人間かという事を、そういった事から度々夢想するものの、この映画にある様には向き合ってはいない。それが多くの人にとって普通だろうし、そんな事を気にかけない人もいるだろう。けれど所有している物が生み出す人との関係をここまではっきりと描いた映画やドラマは他にはない気がする。ベタベタな人情ドラマに陥らずに、感情を揺さぶられながもドライな表現に徹したこの映画は中々凄いと思う。久しぶりにタイ映画を観たけれど、知らぬ間に高みに達しているのだなと感じると気が抜けない。
ジャイテープ・ラールンジャイによる音楽もかなり良くて、ピアノとトランペットが奏でる旋律が印象に残った。彼は専門学校の尚美ミュージックカレッジに通っていたらしく、現在は日本に住んでいるという事。クレジットを見るとプレイヤーで日本人が参加しているのはそういった経緯がある。サントラがないのが残念であるけれど、音の一つ一つを記憶の中に留めておくのも映画の楽しみの一つなのかもしれない。


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