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ジューンブライダル【突然の代役】
それから披露宴の本番リハーサル当日までは何事もなく、前期試験に代わるレポートを書いたり、新しい小説のあらすじを考えたりしているうちに土曜日を迎える事になった。彼女は相変わらず朝早くから出掛けていたが、夕方は早く戻って来たあと、5階の部屋に籠もってなにかをしていたようだ。
土曜日の朝、珍しくアラーム無しで目を覚まし、ホールへ降りていくと彼女にしては地味目な装いで、白いシャツ、グレーのスカートとジャケットの上下を着て、エージェンシーから配布された書類を読んでいた。式場での着替えや新婦になる方に会ったときのことを考えているのかも知れない。
「エムくん、おはよー。(おはようございます)朝食がテーブルにあります。あと1時間経ったら出発するから準備をしておいてね」
まだ朝の8時ですが、そんなに早く出掛けるの?と思いつつ、彼女にはリハーサル前の着付けも必要なことを思い出し、そそくさとテーブルに着き朝食を食べ始める。
テーブルの上には、おにぎりと卵焼き、御味御汁。
今日も美味しいけど、イベント毎に(最初が銀座、次が骨董通り、そして今日)同じメニューが繰り返されるのには疑問が沸く。
彼女にとってこの3点セットは何か意味が(勝負の日とか)あるのかも知れない。あとで聞いてみよう。
朝食を食べ終わり片付けをしていると、彼女が「そうかー、そうなるのか」と言いながら書類を持って階段を上って行く。
お狐さまのことが何か分かったのだろうか?
彼女の言うとおり、僕たちは1時間後に合宿所を出発した。
ユリさんと先輩のレイさんとは、式場の最寄り駅で集合する予定だ。
バスと電車を乗り継ぎ最寄り駅に着くと、ユリさんとその先輩が待っていた。
ユリさんの横には、初めて会うレイさんという背の高い女性が立っている。
「レイです。よろしくお願いします」
レイさんが透き通った声で挨拶をし、彼女と僕も挨拶を返す。
レイさんは身長が170センチを越えるスラリとした体型で、とにかく肌の色が白い。お面を被っているように見える。神主を目指しているから髪の毛は染めていないが、切れ長の目のメイクは濃い。
見た目、大人びていて睨まれると怖そうだが、聞いてみると僕たちと同い年。僕が知らない修行を積んでいるのかも知れない。
何度か式場に通っている彼女が先頭に立ち、会場へ辿り着く。
遠くからでも目立つ白亜の建物だけど、ニュースやネットで見たことはない。
入口に係の人が立っており、彼女が挨拶をして僕たち全員の名前を記帳簿に書き込み、4人分のパスカードを受け取り、建物の中へ入っていく。
結婚披露宴を行う会場にしてはセキュリティが厳しいが、普段は何に使っている建物なのだろう。
1階ロビーでユリさんたちと別れ、彼女と僕はスタッフエリアへ進んでいく。
なぜ僕もスタッフエリアへ行くのかって? 昨日彼女から急なお願いをされたんだ。
前の晩、シャワーを浴びて寝ようと思い3階から階段を降りたときのこと。
叔父さんは海外出張に出掛けており、彼女がホールのソファで電話をしていた。
「ハイ、そういうことでよろしいでしょうか? ハイ、伝えておきますのでお任せ下さい。よろしくお願いします」
通話が終わったようなので、ホールに降りると彼女が僕の方を向き「ちょうど良かったわ。今、エムくんに話をしようと思っていたの」と、美少女スマイルを浮かべる。イヤな予感。
シャワーを浴びて寝るところなので、面倒な話は聞きたくないな。
「えっとー、なに? 込み入った話?」
「全然、全く。一言で済みます。エムくんには明日、新郎役を務めてもらいます」
どういうこと? なんで僕が?
僕がハテナ顔をしていると、彼女が向かいのソファを指さすので、とりあえず座ると彼女が説明を始めたんだ。
彼女が大きなケーキを持ち帰った日に新郎役を務めた男性モデルが、今回も新郎役を務めるはずが、体調不良で出られなくなったらしい。急な話でエージェンシーから彼女に、誰か代わりが出来そうな人がいないかと訪ねられ、僕に白羽の矢が当たった、というか彼女が僕に矢を当てた。
彼女の話では男性モデルの条件に、僕は収まるとのこと。
モデルの条件は(1) 身長175~185cm (2) 髪の毛が有り、多汗症や貧血で無いこと(刺青不可)(3) 一般的社会人としての身だしなみやマナーが身についている (4) 年齢23歳以上37歳以下、等々あるようだ。
年齢が足りないと思うけど彼女が見るに、僕は老け顔だから大丈夫だと。僕はそんなに老けて見えるの?
披露宴の段取りを聞くと新郎役がやることはあまりない。
「まあ、それなら」と、安請け合いしたのが、拙かったのかも知れない。
スタッフエリアへ入って行くとその先はモデルエージェンシーが用意した女性用と男性用の控室があり、彼女が「あとでねー」と手を振って控室に入って行った。
僕が男性用控室に入ると着付けとメイキャップスタッフが控えており、言われるがママにしていると新郎が出来上がった。衣装は薄いグレーのタキシード。
主役は新婦なので、あまり目立たない装いなのかも知れない。
リハーサルが始まるまで時間があり、1階へ降りていくとユリさんとレイさんがソファに座り、神妙な顔をして話をしていた。
近づく僕に気が付いたユリさんが、声を掛けてくる。
「ボーイさん、お水下さい」
僕が『ハァ?』という顔をすると、レイさんが笑い出す。
「エムさん、ごめんなさい。その服が似合ってて、思わず口にしてしまいました」
ユリさんには着用したばかりのタキシードが、ボーイ姿に見えるらしい。
森村誠一はホテルマンをやりながら小説家を目指したので、考えても良いのかも知れない。勤務時間が厳しそうだけど。
レイさんに気になったことを聞いてみる。
「どうでしょう? この建物には変なモノが居そうですか?」
僕の質問に、レイさんは何も知らない子供に噛んで含めるように教えてくれる。
「本やTVで、霊的な話が出てくると『ココに居そう』とか『何処かへ行ってしまった』とか、もっともらしい事を言うけど、そんなことはあり得ません。少し考えてみれば分かるけど霊的なモノは物質ではないでしょう?(僕「言われてみればそうです」)どこかに現れるとか消えるとかはないの。精神的なモノがそこに居る人たちに影響を及ぼすかどうかなの。今のところ、この建物の中には霊的なモノから影響を受けている人は居ないわ」
なるほどー、良く分かりました。
レイさんから神さま関係のレクチャーを受けていたら、着付けをしてくれたスタッフが僕を呼びに来た。
披露宴の大リハーサルが始まるようだ。
ユリさんとレイさんは陰から見ているとのことで、僕はスタッフの人について式場へと向かった。
(つづく)