第16話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』
【研修4日目 トレーニング本番?】
「男子2人も来たみたいですよ」
優衣が、玄関前に近づいて来る萩原悠人と加藤英人をいち早く見つける。
「これからしばらくの間、彼らと一緒にトレーニングを受けるのね」
亜香里はどうでも良い感じで独り言を言う。
「亜香里さんは背の高い方、萩原さんをナンパしたのですよね?」
亜香里は速攻で優衣を捕まえて、ヘッドロックでギリギリと頭を締め上げる。
「止めてくださいぃー! 痛いことはトレーニングだけで十分ですぅー」
優衣は涙目になりながら必死の抵抗をする。
「だからぁ、違うって言ったでしょう! あの人が走りながらこっちをジロジロ見るから『顔に何か付いてますか?』って聞いただけです」
亜香里のヘッドロックを外してもらい、優衣はハアハア言いながら
「じゃあ、萩原さんが積極的にアプローチをして、亜香里さんのお返事待ちの状態なのですね? アーッ! 嘘です、嘘です! 2回もやられたら頭痛がしてきますぅ」
亜香里からまたヘッドロックをされそうになり、逃げながら弁解する優衣。
玄関前で悠人と英人が、女子3人と合流した。
「トレーニングの前から、ずいぶん元気そうですね」
「この2人は体力が余りすぎているみたい」
詩織はシラッとした表情で、悠人に返事をする。
「先ほど川島講師から説明のあった責任者が、ここにはいませんが?」
悠人が首をかしげなから聞く。
「さっき、私たちもおかしいな?って話をしていました。職務怠慢じゃないの?って」
詩織が話をしていると、研修センターの敷地内が昨日見た景色と同じように、目の前には草原が広がり遠くに山々が連なる景色に変わり、5人からすこし離れたところに3Dホログラムが浮かび上がった。
「また映像ですか? 責任者は現場責任者なわけですから、ここにいないとまずいと思うのですが?」
亜香里はジェダイ・マスターが出てこないので、ご機嫌斜め。
そもそも、期待する方がおかしいと思うのだが。
3Dホログラムには、少し年をとった男性の上半身が浮かび上がってきた。
オビ=ワン・ケノービというよりも、風ぼうはクワイ=ガン・ジンをやや若くした感じである。
「新しい能力者補のみなさん、こんにちは。私が皆さんのトレーニングを担当することになりました、高橋です」
「みなさんをここで迎える予定でしたが担当中のミッションが終わらずに、まだ離れたところにいます。まもなくそちらへ行ける予定ですがそれまでは、今までトレーニングテストを行った担当に、トレーニングプログラムの実施をお願いしております。彼の指示に従ってください」
「それから小林亜香里さん、我々の『組織』と能力は、ジェダイのそれとは異なります。基本原理はよく似ていますが習得する能力も、その能力を使って世の中に貢献する内容も、ジェダイとは全く違います」
「ジェダイのように、血液検査で能力が分かるようなものではありません。少し考えると分かると思うのですが、血液成分でジェダイになれるのであれば方法はともかく、ジェダイから血液を貰って入れ替えればジェダイになれる訳ですよね? 悪の組織が悪いことをたくらんで、ジェダイの血を盗めばいくらでも悪のジェダイ、映画の中で言うシスを量産出来るわけです」
「統括から聞いたかもしれませんが、そのように映画の設定との違いも確認できて『組織』から見て、ジョージ・ルーカスは『シロ』と判定されたのです」
「我々の『組織』とは関係のない話はここまでにして、みなさんとは実際にお会いしてから、いろいろなことを学んでいただき経験してもらいます。常に正しい心を持ち続ければ、これからみなさんが経験するいろいろなトレーニングを十分にこなしていけますし『組織』活動以外でもこれからの人生を生きていく上で大きな糧になると信じています。話が堅くなりましたが、会える日を楽しみにしています」
「 May the Force be with you 」
片手を挙げ笑顔を浮かべた高橋氏の3Dホログラムが、空間から消えた。
「『ジェダイとは違う』とか言っておきながら、なんで最後の決めゼリフがジェダイなの?」
亜香里でなくても最後のところは、突っ込みたくなるところではある。
「映画オタクの亜香里に気を利かせて、サービスをしてくれたんじゃない? 笑ってたし」
詩織の言い方はともかく、何となく納得する説明に『まあそんなものかな』と思う亜香里であった。
「これで責任者が来ない理由は分かったし、どうするかも分かったから良しとしましょう」
英人はトレーニングに前向きである。
「また、あの機械音声が出てくるのかなぁ? 代わり映えしないね。『担当』と言っていたけど何という名前なのかな? これからトレーニングを担当するのに名無しではやりにくいのよね」
亜香里は研修初日からその声を何度も聞いていて、少し飽きがきている。
「まあそう言わずに。まずはトレーニングでしょう?」
悠人は担当のことを少し気遣っているのか。
「でも高橋さんが消えてから、担当さんが出てきませんね。そっかー、今日は高橋さんと担当さんのいるところが違うからスムーズに『引き続き』が出来ないのかな」
優衣は一人で納得している。
担当がなかなか現れないため、5人は玄関前で立ったまま今までのことを話していた。みんなで話をしてみても、ターミネーターが消えた理由は説明がつかない。
悠人と英人はその場にいなかったので、初めて聞いた亜香里が両手に突然柳刃包丁を持っていたこともに説明がつかなかった。
「もしかしたら、小林さんはいつも、背中に包丁を背負っているとか?」
と英人が言うと、悠人がその言葉を受けて長口上を始めた。
「それは、『包丁一本さらしに巻いてぇ~』って曲ですよ。『月の法善寺横丁』という演歌でもクラッシックの類です。入社してから定時後の社会人対策をしようと思いググったらランクの上にあったので、ツベで見て練習しました。語りが渋いんです。職場でカラオケに誘われたときに、この曲を最初に歌えば掴みはOKでしょう?」
「萩原さんって、わりと不思議な人なのですね?」
亜香里が疑問形で答える。
(不思議ちゃんに、不思議とか言われたくないよー、と思いながら)
「いえいえ『職場に早く慣れるにはどうしたらよいかな?』と、入社前に真面目に考えた対策です」
悠人は生真面目に答える。
しばらくの間どうでもよい話をしていると、見慣れた3Dホログラムがようやく5人の前に現れた。