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ジューンブライダル【披露宴バトル】
スタッフについて行くと、そこは式場の入場口。
彼女は、付き添いの人が衣装の裾を直しているパールホワイトのウェディングドレスを身に纏っている。
僕が来たのに気がつき、彼女が「どう?」と緊張した微笑みで聞いてくる。
見惚れてしまい「綺麗だよ」という言葉が、思わず口を衝いて出てくる。自分で言っておいて『これだと本当の新郎新婦だよ』と心の中で自己ツッコミをする。
「そんなこと言っても、何も出ませんからね」と、いつもの美少女スマイルが浮かび上がる。緊張が少し解れたのかもしれない。
進行係から披露宴の開始が告げられると、扉の隙間から漏れ聞こえる、会場に流れ始めた曲は ” Marry You : Bruno Mars.”
入場口が『バンッ』と開き進行係から促され、彼女が僕の腕に手を掛け披露宴会場に入場すると拍手が湧く。拍手の多くは動員されたスタッフのみなさん。
僕たちが座る高砂席までのルートは、照明で指示されているので分かりやすい。入場口からはるか遠くに見える高砂席が、豪華な花飾りと共にセットされている。
粗相をせずに(途中で僕の歩みが早くなったらしく、彼女から腕をうしろに引っ張られたけど)高砂席に着くと、両家の方々が新郎新婦共々、高砂席に近いテーブルに座っている。
本番では一番うしろの席だから、今日は特等席。
リハーサルには実際の招待客を呼んでいないので、ホテル側が集めたダミーの出席者を会場内に配置して披露宴が進行する。TVやビデオで見たことのあるテンプレートに沿った披露宴の進行。特に問題は無さそう。
来賓挨拶や祝辞も形だけでホテルマンが行い、すぐにお色直しの時間になった。
僕のタキシード姿は変わらないけど、彼女と一緒に会場を退出する。
一応、僕たちが主役だけど、新郎新婦ってこんなに暇なの?
しばらくするとお色直しを終えた彼女が、ロイヤルブルーのウェディングドレスを纏い入場口に着き、窓際で外をボーッと見ていた僕は慌てて隣に着いた。
彼女には派手目で綺麗な服が良く似合う。新郎役の特権で彼女の姿を上から下までよく見てみる。今日は彼女から文句は出ないはず。
『アレッ! このイヤリングは?』
最初はドレスに合わせて大ぶりのパールピアスをしており、ドレスを変えてピアスも変えたのは分かるけど、そのピアスは先月騒動を起こした『呪いのピアス』では?
天色に光る石のついたピアスがドレスに映えているから、装いとしてはおかしくないけど…
彼女にピアスのことを聞こうとしたら、入場口が開き新郎新婦の入場行進が始まった。
そのあと祝電披露や作り物の思い出ビデオが流されたりして、つつがなく披露宴が進み、クライマックスのケーキ入刀。
運ばれくるケーキが大きい。リハーサルなのに全部ケーキで出来ている。
隣に座る彼女の様子がおかしい、少し身体が揺らいでいる。早着替えをしたりして疲れたのかな。
足元に何かあたるので下を見てみると、大きな金色の尻尾。
彼女の顔をこっそり覗き込むと、いつもの美少女スマイルではなくニタリとしたキツネ顔。高砂席から会場にいる人たちを見ると誰も不思議そうな顔をしていない。
司会に促され、キツネになった彼女と席を立ち、ケーキの前へ移動する。
両家が見守る中、二人でナイフを持つとお狐さまが憑依した彼女がナイフを振り上げようとする。僕は他の人から見えないように両手でナイフを持って抑えつける。
お狐さまに憑依された彼女は、負けじとナイフを振り上げようとして、腕だけではなく身体も震え始めた。
「新郎新婦の初めての共同作業なので、お二人は慎重なご様子です」
司会者が微妙なフォローをする。
お狐さまに憑依されてナイフを振り上げようとしている彼女と、それを抑えようとしている僕が、チカラ比べをしているだけなのだが。
しばらく膠着状態が続くと、呪いのピアスがキラキラと輝き始め、鼻の尖ったキツネ顔だった彼女の顔がいつもの美少女スマイルに戻っていき、ナイフに入っていたチカラがフッと抜け、ナイフがスッとウエディングケーキに入り、大きな効果音と会場からは拍手が湧き上がる。
「助かったわ」
ホッとした表情をする彼女の視線の先には、離れたテーブルにいるユリさんとレイさんがVサイン。
何かやっていたんだな。
披露宴はそのあと淡々と進み、お狐さまが再び現れることもなく、僕たちは入口に立ち出席者のお見送り。
本番では、見送る側の御両家の両親と新郎新婦も見送った。
「ご苦労さん。今回は満足したよ」
今までクレームを入れていた新婦側の父親からも労いの言葉を頂き、ホッとしてうしろ姿を見送っていると、目の前の景色が薄れていった。
(つづく)