![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/99157621/rectangle_large_type_2_2e0262a6ad71efc775bc91d125559f3f.jpeg?width=1200)
突然の来訪者 【行き倒れの少女】
笑いを堪えている彼女の横顔を、僕が訝しげに見ていると、彼女は右手を横に振り『違う、違う』のポーズをする。
僕の方に向き直り、自分を落ち着かせるような仕草をしてから、おもむろに口を開く。
「ゴメン、ゴメン。細かいことは端折るけど、昨日の夜、エムくんが先に寝てから、叔父さんに今日の『人物観察』のことを相談していたら話が盛り上がって、叔父さんがよく知っているこのお店を使う方向に話が進んだの。エムくんがどう反応するのかなって」
「彼女の言う通り、ちょっとしたビックリパーティー。悪気は無いよ。去年からエムくんのことを見ていて、あまりにも素直な青年だと思ったから。このまま小説を書き続けると行き詰るのが、目に見えていたからね。少しは疑いの目も持てるように、一芝居打ってみたのさ」
叔父さんの言わんとすることは分かるけど、なんだか腑に落ちない。
「ということは、二人で僕を騙していたのですか?」
「騙すとか、人聞きが悪いよ。同じ高校の同窓生じゃない? これも小説家になるためのトレーニングよ、トレーニング。それに、お芝居を打ったのは二人だけじゃないのよ」
「目の前にいる、シェフさんでしょう?」
オーダーした料理を出してくれないし。
彼女がまた、右手の人差し指を左右に振りながら『チッチッチ』と口で効果音を付け加える。
「一番大事な役者さんを見逃しています。さて、誰でしょう?」
彼女から言われて、はたと気がつく。
というか、このお店にはあと一人しか残っていない。
メイド服を着た女の子。
「もしかしたら…」
「うん、うん、もしかしたら?」
彼女が焦らす。
「もしかしたら、メイド服の彼女は、昨日の『行き倒れの少女!』」
僕が半ば叫ぶように答えると、メイド服を着た女の子がホールの真ん中に出てきて、赤毛のウイッグをバサっと外し、赤いセルフレームを取り、胸元の苦しそうなブラウスのボタンをいくつか外した。
昨日、彼女が言ったとおり、胸は大きいようだ。
「フゥー、疲れました。急にメイド服を着せられるし、サイズも全然合わなかったし…」
「ユリちゃん、お疲れさま。お水を運んでくる時は危なっかしくて、見ている方がハラハラしたわ。 エムくん、どう? ユリちゃんの演技、様になっていたでしょう。 そうそう彼女、ユリちゃんっていうの」
「初めまして」
彼女がユリと呼ぶ、小柄な少女が挨拶をする。
僕も釣られて挨拶をした。
「誰が、たくらんだの?」
キャストが揃ったので、あらためて確認しよう。
「たくらんだとか騙したとか、エムくんは意外と口が悪いのね。お芝居よ、お芝居」
僕だけが知らなかったことを『騙す』と言うのでは?
「昨日、ユリさんが玄関で倒れるところから、お芝居を始めたの?」
「それは現実。昨日、彼女はやっとの思いで、合宿所に辿り着いたの」
「合宿所…? 僕たちが住み始めた、あのオンボロビルのこと?」
「そうよ、彼女の小説家への熱意は熱いの」
叔父さんが振り返り、メイド姿のゴテゴテした装飾を、近くのテーブルに次々置いているユリさんの様子を見守りながら、つぶやく。
「俺も昨日の夜、彼女から話を聞かされた時にはビックリしたさ。ユリちゃんのお父さんはよく知っているし。まさか娘さんが小説家になりたいなんて知らなかったよ」
「だって父は、自分が仕事で書籍を扱っているのに、娘には『職に就ける学部に入りなさい』と言って聞いてくれませんから。合宿所の研修生になれば父も認めてくれるかなと思って」
ユリさんはまだ高校生のようだ。
「今日のユリちゃんの演技を見て、小説家になれる資質を感じたよ。(演技で小説家になれるの?)研修生の3人目に加えよう。高校を卒業して、お父さんの言う通りまず大学に入ること。合宿所に入るのはそれからだ」
「分かりました。家から合宿所は遠いですが、それまでは週末に通うようにします」
ユリさんの瞳が輝いている。
待てよ?
良い雰囲気でパーティに流れ込みそうだけど、一つ思い出した。
「昨日、ユリさんをソファに運んだあと、消えましたよね? あれはどうやったの?」
「あぁ、アレね。エムくん、知りたい?(「人が急に消えたら、どうやったのかは知りたくなるでしょう?」)そっかー、エムくんにとっては謎なのね」
それを聞いて叔父さんがニヤリとする。
「良い課題が出たじゃないか。君たちが運び込んだユリちゃんが、どうやって消えて、そのあとメイド服のフロア係になったのかを考えてご覧。密室殺人ならぬ、密室瞬間移動と早変わりで小説が書けるから」
叔父さんの合宿所は、思っていた以上に課題が出て大変だ。
昨日と今日でお財布から消えた5万円の方が、もっと大変だけど。
結局、手元から消えた3万円はどうなったのだろう。
(つづく)