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大きな包み 【か弱い乙女】

 このオンボロビルによく似合う、1階ホールに鎮座する古い革張りの長ソファに大きな包みをそっと置く。
 壊れ物ではなさそうだけど、もしものことがあると彼女から何を言われるか分からないからね。
 それにしてもこんなに大きな包み、彼女はここまでどうやって運んできたのだろう? クルマが停まる音もしなかったけど。

 彼女は向かいの一人掛けソファに全身を脱力させて、ドサっと座り込む。
「アーッ、疲れたぁ。1日分のお仕事が終わった気分、もう動けません。エムくん、私をベッドまで運んでくれない? お姫様抱っこで」
 その美少女スマイルには騙されません。
 それに、まだ午後2時過ぎですけど。

 去年高校で初めて手紙をもらい図書館で会った時には、こんな感じではなかったと思うけど…
 いや、彼女が自分の都合と予定で動き回るのは変わらないか。
 でも今思い返すと、高校生の頃は猫を十匹くらい被っていた気がする。

 そもそも彼女がこのオンボロビルの最上階に自分の部屋を決めたから、部屋へ戻るのが億劫になるのだと思う。
 叔父さんから1階と2階の部屋以外だったら、どの部屋を使っても良いと言われ、3階から上の部屋を彼女と探検(文字通り魔窟の探検)をして、あり得ないことがいろいろあったのだけどそれは別の機会に書くとして、エレベーターの無いこのビルの階段を一段一段、毎日登るのは大変なんだから。
 キッチンもバスルームも1階にあるから、上り下りが大変なことに彼女は気がつかなかったのかな。

 思い出した! 彼女はこうのたまわったんだ。
「小説を書くときに心象風景は大切なのよ。3階よりも4階、4階よりも5階、少しでも高いところから外の景色を毎日眺めていたら、小説を書いていて素晴らしい風景が思い浮かぶと思うの」

 たしかにココは東京23区内にしては周りに自然も多く、彼女の言うことも分からないではないけれど、その時『だったらいっそのこと屋上にテントを張れば』と言ったのは不味まずかったかな?

「エムくん、私はか弱い乙女よ。乙女を雨ざらしにする気?」とにらまれた。
 滅相もありません。毎日、美少女スマイルに癒やされております。

 でも『か弱い乙女』が、こんなに大きな荷物をどうやって持ち帰ったのだろう?

 ソファに置いた大きな包みと、ソファで脱力した彼女がビクともしない時間がしばらく続くと、2階から足音がして叔父さんが階段を降りてきた。
「持って帰ってくれたの? ご苦労さん」
 彼女は叔父さんの、お使いをしてきたようだ。
 叔父さんは、ソファに置かれている大きな包みに手を掛ける。
「思ったよりも大きいな。持って帰るのは大変だったろう?」

 ソファにダラッとしたままの彼女が答える。
「大変も何も、お店のカウンターで叔父さんから渡された預り証を渡したら、店員さんが2人がかりでお店の奥からこの大きな包みを持ってきたの。お店の外まで運んでくれたけど、店員さん達はそこで包みを私に渡したら、直ぐにお店に引っ込みドアを閉めて対応終了。私は両手が塞がるし、どうして良いのか分からないからお店の前でしばらく呆然としたわ」

「タクシー代、渡しただろう? 骨董通りからココまでなら充分足りたはずだが」

「叔父さん、私は未だ文壇デビューもしていない、ただの学生よ。青山からこんな23区の僻地までタクシーを飛ばせますか?」
 彼女の言うことには説得力がありそう。
 でも叔父さんからタクシー代をもらっているんだよね? 彼女は貰ったタクシー代をくすねたの?

 ソファに寝そべるように座る彼女をぼんやりと見ていたら耳朶みみたぶがキラキラと光っている。
 叔父さんも気が付いたようだ。
 ソファーに寝そべるように座っている彼女のところへ行き、右耳を軽く引っ張る。

「ほう、ピアス開けたの? その石、綺麗だね」
 叔父さんが言う通り、彼女の耳朶には初めて見る天色あまいろに光る石のついたピアスが輝いている。
 何で僕が彼女のピアスのことを知っているのかって?
 去年の秋、手紙をもらって以来、彼女に振り回され続けている出来事の一つなんだ。

(つづく)