突然の来訪者 【彼女はだれ】
ビルの外でクルマのドアを開け閉めする音がしたあと、叔父さんが玄関扉を押し開けて足を踏み入れ、雨に濡れた服の滴を手で雑に払う。
ソファの前で立ち尽くす彼女と僕を見て、怪訝そうな顔をする。
「どうした? 昼間っから、幽霊でも見たような顔をして」
叔父さんは一人掛けのソファに腰を下ろし、ジャケットのポケットからタバコを取り出して一服する。
煙を吹き出しながら天井を仰ぎ、フロアをぐるりと見回して、長ソファが濡れているのに気がついたようだ。
「誰かソファでお漏らししたの? 漏らしてもいいけど、ちゃんと拭いておかないとシミになるだろう? 年代物だけど補修すれば良い値で売れるんだから。一応イタリア製だし」
このソファがそんなに良いものとは知らなかった。
どう見ても高級品には見えないけど。
彼女と僕が突っ立ったままなので、叔父さんが首を傾げる。
「もしかして、2人でゲームをしてるのかな? お漏らしをして廊下に立たされるゲームとか?」
初めて聞くけど、そんなゲームあるの?
誰得?
彼女がようやく我に返ったのか、ハッとして叔父さんの方を振り向く。
「そのソファ、濡れているところに女の子がいたの」
「3人目の候補生? 合宿所の? これから候補生の募集をしようと思っていたけど、どこかで話を聞きつけたのかな? ここで合宿所を始めるのが、業界で話題になっているみたいだから」
彼女の叔父さんは業界(出版?)でそんなに有名な人なの?
「違う、違う、玄関に行き倒れの女の子がいたの」
「オイオイ、それはないだろう? いくらココが不便だからと言っても23区内だぞ。何でビルの玄関に行き倒れがいるの? ……っん? 待てよ……」
叔父さんが何かを思い出したかの様に黙り込む。
いつもの色付きセルフレームを掛けているので、どこを見ているのか分からない。
今日は怪しいツバつき帽子を被っているので、うつむくと表情も窺い知れない。
彼女と僕は、叔父さんからの次の言葉を待ちながらフロアに立ったまま。
そんな状況がしばらく続く。
「叔父さん、寝てない?」
そう言って彼女は、カッカッと叔父さんの前まで歩み寄り、組んでいる右足を足で振り払った。
相変わらず、こういう時の彼女の行動は容赦ない。
いきなり払われた足はゴツンッと床に落ち、叔父さんは驚いて目を覚まし周りを見てキョロキョロする。
やっぱり寝てたんだ。
「えっとー、何だっけ? クルマで長く走って疲れたから、上でひと寝してくる」
叔父さんはおもむろに立ち上がり、階段の手摺りに手を掛ける。
「叔父さん! 待ってよ! 女の子が居なくなったの」
「えっとー、誰だっけ?」
叔父さんはひと寝する前に、寝ぼけているようだ。
「彼女と引越し荷物の片付けを始めたら、玄関の前に倒れている女の子がいて、中に運び込んだのだけどソファから消えてしまいました」
片足を階段に載せたまま、叔父さんは首を捻る。
「どんな子? 年、いくつくらい?」
そう言われても、コートを着た小柄な子ぐらいしか覚えていませんが。
(つづく)