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夏の合宿所 【深夜の出来事】
「大変!」
大声で目が覚めた。
『バタンッ!』とドアが開き、部屋に誰かが入って来る。
寝ぼけながらベッド脇のスイッチを押すが、部屋の灯りが点かない。
懐中電灯を照らす誰かが、ベッドまで近づいて来た。目の焦点が定まらないまま警戒する。
「エムさん! いなくなりました!」
真夜中に部屋へ入ってきたのは、ジャージ姿のユリさんだ。
起きたばかりなのか、髪が乱れている。
「ユリさん、どうした? 誰かいなくなったの? 彼女とか?」
いなくなったのは、ユリさんと同じ部屋にいた彼女しか考えられない。ユリさんが叔父さんの部屋を訪れていれば話は別だが、高校生のユリさんにそんな趣味はなさそう。
「そうなんです。さっき目を覚ましたら、隣のベッドにいないんです」
「夕涼みに行ったのかな?」自分で言っておいて、アホなことを言ったと思う。深夜の軽井沢で夕涼みをする人などいない。ユリさんは僕の言ったことを冷静に聞く余裕はないようで、僕の言葉には突っ込まずワタワタして落ち着かない。
「常夜灯が消え、備付の懐中電灯を照らして来たのですが、ここまで誰もいませんでした」
この部屋の灯りも点かない。古い建物だから電気系統が故障したのかも知れない。僕も非常用懐中電灯を点けて、ユリさんと廊下に出てみた。
「アレッ? スマートフォンが圏外になってる」
「そうなんです。私も電話を掛けてみようとしましたが、圏外なので諦めました」
これはおかしい。この古いホテルに着いた時、アンテナは少しだけど立っていた。この地域全体が停電して携帯基地局も使えなくなった? でも基地局には非常用電源があるはず。
気を取り直して、叔父さんを寝かせた部屋に入ると、叔父さんは意識を失ったように眠っており、揺すっても起きる気配がしない。
とりあえず叔父さんの生存確認をしたあと部屋を出て、ユリさんと2人で彼女を探すことにした。
「どうする? 建物の中を手分けして探してみる?」
「エムさん、そんなことを彼女さんの前で言ったら怒られますよ『か弱い乙女を一人にするつもり?』って」
暗がりの中で、ユリさんの声が少し震えている。
「いや、言ってみただけだよ。ユリさんを一人にはしません。彼女がいなくなったばかりだし」
「彼女さんが居なくなって、心配ですよね?」
ユリさんは僕の前で、彼女のことを『彼女さん』と呼ぶ。彼氏彼女みたいで面映い。
「今みたいに『これからどうしよう?』という時、仕切り屋さんの彼女がいないのは、物足りないかも」年下のユリさんの前なので、少し強がって見せる。
「それもですが、付き合っている彼女がいなくなると、心配でしょう?」
暗がりの廊下で、ユリさんが僕の顔を覗きこむ。
「(僕が)彼女と付き合っているの?」
我ながら間抜けな返事をする。
「エッ? エムさんは、彼女さんとお付き合いをされていないのですか?」
懐中電灯に照らされた、ユリさんが訝しげな顔をする。
『ここは誤解を解いておかねば』と思いつつ、彼女と僕の関係を自分自身が分かっていない。
どういう関係?
「うーん… 付き合っているのかどうか、分からないなぁ」
彼女と僕の関係は、高校生の頃から変わっていない気がする。
「だって、一緒に住んでるじゃないですかぁ」
2才年下のユリさんが、タメ口になっている。
「同じ所(合宿所)に住んでいるけど叔父さんもいるし、部屋も別々でしょう?」
ユリさんの言い方が同棲っぽいので、思わず否定する。
「実家も同じ地方で、高校からのお付き合いで同じ大学に入ったのだと思っていました」
なるほど。傍から見れば「同じ高校出身で同じ大学」は間違っていないけど「お付き合い」はどうなの? お付き合いをしていれば「デート」をするよね。高校の頃も大学に入ってからも彼女と一緒に行動することはあっても「チョットお茶」とか「お食事」をした覚えはない。模擬披露宴で腕を組んだけど、それ以外ではそんな事もしていないし。話をする時の彼女の距離は高校の頃から近いけど。
東京に来てからは怪や、お狐さまも出て来て、どちらかと言えば戦友?
「彼女とは『お付き合い』と言うよりも『同志』かな」
「そうなんですか? 彼女さんとは、お付き合いされていないのですか?」
「『お付き合い』とはチョット違うかな」
「なるほどー… 私、年上の人が好みなんです。(彼女)候補になれますか?」
ユリさん、いきなりどうした?
懐中電灯が照らす範囲から外れた、ユリさんの顔と話した表情が分からない。
どう答えれば良いのか?
暗い廊下でユリさんと僕の間に、微妙な雰囲気が漂う。
「そんなことより、まず彼女さんを探さないとですね」
ユリさんは僕の腕を掴んで歩き始める。僕の疑問は暗い廊下に置き去りにされたまま、ユリさんは先を歩き始めた。建物は横に長いだけかと思ったら元会員制ホテルだからか、廊下が曲がりくねり部屋の配置も独特で照明が無い中では歩きにくい。
窓越しに虫の音しか聞こえない廊下を歩いていると、腕を掴むユリさんの身体がだんだん近くなる。僕の腕にユリさんの豊かな胸があたっているけど、気にしないことにしよう。彼女もいないし、真っ暗だから咎める人はいないはず。
そんな役得感を味わいながら、1階と2階の歩いて入れるところを探し回ってみたが、どこにも彼女がいる気配はない。建物を出てどこかへ行ったのか?
電波の届かないスマートフォンを見ると午前4時を過ぎていた。
窓の外が白み始めている。
「いませんね。どうしましょう?」
窓からの薄明かりでユリさんの顔に疲れた様子が見て取れる。自分の顔は見えないが僕も同じだと思う。
「明るくなってきたから、外に出てみよう」
腕につかまったままのユリさんが頷き、用心して2階から階段を降り始め、踊り場から下の階段に足を下そうとしたところで、腕を急に引っ張られた。
『ゴロゴロッ、ゴロゴロッ、バターン!!』
思わず瞑った目に星が走り、目を開けると目の前が赤い。
古いホテルから、あの世に行ってしまったのかもしれない。
赤いのは地獄? 身体が痛いし、何かが乗っかっている。
「痛ーぃ… アッ! 今、退きますから」
僕を覆っていた赤く柔らかい物体は、ユリさんのようだ。
「ごめんなさい。階段から足を踏み外したみたい」
僕の上に、覆い被さるように重なっていたユリさんが覚束ない様子で身体を起こし始める。
ユリさんは僕の腕を持ったまま、折り重なるように階段から転げ落ち、僕はユリさんのクッションになっていた。
「大丈夫ですか?」
とりあえず何ともなく、ホッとした様子のユリさんが聞いてくる。
「うん、階段が絨緞敷で助かった。転がっただけだし。ユリさんは?」
「エムさんが下になったので平気です。すみませんでした」
これは役得と言って良いのかな? いや痛みが上回っている気がする。立ち上がって屈伸をしても異常ないので、大丈夫そう。
「疲れているから仕方ないさ。怪我が無くてよかった」
明るくなってきたホールで、何とはなしにお互いの様子を確認する。
改めてユリさんを見てみると上に赤いジャージを着ているが、下はタオル地のショートパンツを履き、健康そうな両脚が伸びている。
「もうすぐ夜が明けるから、外に出てみよう」
「そうですね。建物の中は一通り探しましたから」
階段を転げたばかりなので、用心して玄関の扉を開けて外に出てみると、遠くまで薄く霧がかかっている。でも、何かが足りない気がする。
ユリさんも首を捻りながら、不思議そうな顔をして「エムさん、何かあったような気がします」と聞いてくる。
うん確かに…
「「クルマが無い!!」」
(つづく)