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大きな包み 【骨董通り】

 翌日、スマートフォンのコールで目が覚めた。

 ディスプレイを見ると昨晩と同じく彼女から。また何かあったのかと思い、急いで通話ボタンをタッチすると、彼女の爽やかな声が聞こえてくる。
「おはよー、朝ごはん出来てるよー」
 それだけを言うと、通話が切れた。
 ディスプレイには『9:30』の表示。

 昨夜は彼女の呼び出しで起こされ、変なピアスを冷蔵庫に仕舞ったあとベッドに入ってから原因を考えているうちに空が白み始めたから、まだ寝足りない。
 彼女が朝食を作ってくれたということは、食べ終わったらすぐに昨日ピアスを買ったお店へ(僕を同伴させて)乗り込むことを考えているのは間違いない。
 彼女が昨日お使いに行ったところは、叔父さんが「骨董通り」と言っていたと思う。骨董通りが青山にあることくらいは知っているけど行ったことはない。でも場所が青山だから、銀座で人物観察をした時のように、彼女から服装チェックが入るのは間違いない。

 ベッドを出てパジャマ代わりのジャージを着たまま、掃き出し窓を開け奥行きのないベランダに出てみると、オンボロビルの周りに広がる雑木林をそよがせる風で目が覚め、見上げるととっくに登っているお日様の周りには雲一つなく、絵に描いたような皐月晴れ。
 こんな日は何を着て行けば良いのか迷うところ。
 寒い冬は、上にコートやオーバージャケットを羽織れば何とかなるが、微妙に暖かいと着るものに迷う。
 暑い夏なら、Tシャツ一枚で良いから楽なのだけど。

 数少ないワードローブから選択の余地はなく、黒い長袖コットンシャツの上に、初めて地下室で叔父さんに会った時着ていた格好を真似て親に買ってもらった馬皮のジャケットとリーバイス511のリンスカラーを合わせる。
 それにドクターマーチンの3ホールシューズを履けば、彼女から『着替え直し』のご指示が出ることはないと思う(たぶん)。
 また3階まで階段を登るのは面倒なので、外出に必要なモノをトートバッグに詰めて1階へ降りていく。洗面道具を1階のバスルームに置けるようになって、少し手間が減ったのはありがたい。

 1階に降りて行くと、彼女はミントブルーのウールジャケットに細かいドレープの入ったシルクのスカート。濃いブルーのベレー帽をかぶり、足元はカッチリとした紐の革靴で固めている。
 ピアスを返却して代金を返して貰わなければならないから『お金は持っていますけど』のアピールを暗に見せようとしているのかも知れない。
 昨日トラブルにあった耳朶には金色の小さな十字架の形をしたピアスを付けている。そう言えば銀座でビックリパーティー(僕にとっては)をした時の洋食レストラン『煉獄亭』の名前を不審に思った時、彼女が(キリスト教上の)天国と地獄の蘊蓄を語っていたのを思い出した。
 彼女はクリスチャンなの? 教会に行くとか聞いたことはないのだけど。

 そんな装いをしているのを忘れたかのように、彼女はソファに座り膝の上に置いたMacBook に凄いスピードで何かを打ち込んでいる。

 作業を邪魔するのも悪いので、小声で「おはよう」を言い、以前は立派なダイニングテーブルであったであろう作業台の上にある、彼女が用意してくれた朝食の席につく。
 今日も銀座で人物観察をした日の朝食と同じメニュー。
 おにぎり、卵焼きと御御御付け。
 これが彼女の定番料理なのかな?
「いただきます」を言って食べ始めると前回と同様に御御御付けが美味しい。豆腐とわかめ、小ネギのお味噌汁だけど出汁が効いているのか、香りが良い。
 美味しい朝食をあっという間に食べ終わり「ごちそうさま」を言って食器を片付けながら、作業が一段落したのかMacBookを閉じて一息ついている彼女に聞いてみる。

「叔父さんは?」
 昨晩の騒動は彼女が買ったピアスが原因だけど、始まりは叔父さんが彼女にお使いを頼んだこと。
 何か話があっても良いはず。
「私が起きた時には、叔父さんはもう出かけたみたい。包みもなくなっているから、どこかへ持って行ったのかな?」

 ホールの真ん中にある革張りの長ソファに目を向けると、昨日、彼女が持って帰った大きな包みが消えている。ホールの窓から外を見ると叔父さんが運転するボルボ240ワゴンが見当たらない。叔父さんはあの怪しい大きな包みをどこかへ届けに行ったようだ。
 バスルームで歯を磨いて身なりを整える。
 ホールに戻ると彼女は小さな皮のハンドバッグを持ち、直ぐに出かける格好をしていた。
「すぐに出かけるの?」
「今ならバスに間に合うわ。ピアスを忘れないでね」

(つづく)