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大きな包み 【ピアス】

 大学の合格発表があって間もない頃、家で惰眠を貪っていたら、彼女からメッセージが入って来た。

『ちょっと付き合ってほしい』

 学部は違うけど同じ大学への入学が決まり、叔父さん付きとはいえ東京で同居するのだから、正式な交際が始まるのかな?と思い、買ったばかりの濃紺のピー・ジャケットに袖を通し、いそいそと待ち合わせの書店へ入って行くと彼女は入口に近い雑誌コーナーで待っており、少し緊張した面持ちで『コッチ』と袖を引っ張るから、彼女について商店街を抜け、公園や公共施設のあるエリアへ向かったんだ。

 何も喋らない彼女に連れて行かれたところは、地元では大きな総合病院。
 彼女が『ココ』と言って病院玄関に入って行く。僕のジャケットの袖を引っ張りながら。
『エッ!』未だ付き合ってもいないのに父親になるの!? ドキドキしながら彼女について行った先は『皮膚科』。
『何で?』
 たぶん、僕はそんな顔をしたと思う。

「ピアスを開けに来たの。消毒のこととかもあるから、ちゃんとした病院じゃないと不安でしょう?」
 細菌とか入ったら化膿するからね。でも何で僕が付き添い?

「親にはまだ内緒なの。高校はあと卒業式だけでしょう? 私たちは受験が終わったけど、クラスの友達は国立狙いで受験前だから、エムくんに付き合ってもらったの」
 なるほど、消去法で僕が付き添いになったのか。

「でも、未成年者のピアス施術は保護者の同意書がいるのでは? 同伴も」
「ちゃんと持ってきています。筆跡を変えるの、大変だったんだから。今日、両親は仕事で来られなくてエムくんに付き添ってもらった、ということにしておいたから」
 彼女はショルダーバッグから書式に沿った同意書と、ワープロで作った委任状を取り出した。
 彼女のこういう手際の良さは凄いなと思う。
 作家を目指すより、詐欺師になった方が儲かるんじゃない? 掴まるけど。

 そのあと僕は待合室で連載中のSF小説の続きをスマートフォンで打っていると、彼女がホッとした表情で施術室から出て来た。
「お待たせー、終わりました」
 そう言われても、髪に隠れて見えないのですが。

 彼女が『ホラッ』と言って横髪をヒョイッと持ち上げる。
 耳朶みみたぶに小さなピンが付いている。
「これ、ファーストピアスと言って、これでピアスホールを作るの。1ヶ月くらいでホールが固定するから、東京に行ったら素敵なピアスが付けられるわ」

 僕には身体に穴を開けることの良さが分からないけど、人間は太古の昔から身体のいろいろなところに穴を開けていたみたいだし、人間にはそんな本能があるのかも知れない。

 会計を済ませて病院を出ると「親に見つからないように偽装しなきゃ」と言いながら「じゃあ、またね」と右手を小さく振りながら通りの反対側に立ち去り、3月の寒空の下、一人残された僕は特にやることもないので、また書店に戻り、買おうと思っていた文庫本を手に帰宅したんだ。

 家に戻ると姉が外出先から帰宅しており、僕の新しいジャケット姿を見てニヤニヤする。
「フーン、東京で同棲する彼女さんと新居の打ち合わせ?」と揶揄からかう。

 家族には、東京の大学へ通うのに彼女の叔父さんが主催する合宿所へ入ることを伝えており、両親は安全面と経済面(これが大きい)で大喜び。姉は一緒に合宿所へ入る彼女のことを聞いてから、事あるごとに弄りいじりにくるので、最近は開き直っている。

「うん、彼女と一緒だったけど、ピアスの穴あけに付き合っただけ」

「ヘェー、彼女ピアスをしたの? 東京デビューに向けて着々と準備しているのね。彼女カワイイからボーッとしていると、東京の男に取られるぞ。エムくんもココで一発、パリッとしてみる?」

「パリッと、どうするの?」

「例えば… そうねー タトゥーとかどう?」
 姉はちょっと微妙なところに、親にはナイショでファッションタトゥーをしている。見えないところにファッションタトゥーをしても意味がないと思うけど。

「入墨はしません。プールで泳げなくなるから」

「チェッ、ノリが悪いなぁ。お姉さん、ノリの良い子が好きなんだけどな」
 そのノリの良さで真夜中に何度、スマートフォンで起こされて、酔い潰れたあなたをお店まで迎えに行ったと思います?
 翌日、前の日にあったことを話しても取り合ってくれないから、諦めているけど。

 そんなことが東京に出て来るまで、他にもいろいろとあり彼女は地元で周到な準備をして無事、東京でピアスデビューが出来たみたい。
 今、付けているピアスは初めて見るから、東京に来てから買ったのかな。

(つづく)