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大きな包み 【呪いのピアス】

 彼女は、叔父さんが右耳を引っ張る手を払い退けた。
「大学生なんだから、ピアスくらいするでしょう」
 と声を上げるが、彼女も僕も入試以来まだ1度も大学には行っていない。

「まあ、そうだな。これから大人の仲間入りをするわけだから、身だしなみもそれなりにしないとな」
「荷物を取りに行った、隣のお店で買ったの」
「あの店の隣に、そんな店があったかな?」
「ショーウインドウにキラキラした綺麗なピアスがあったから、思わずお店に入ったの」
「おかしいなぁ、隣はズッと空き店舗のはずだけど」
「お店の人が付けてくれて、素敵だから買っちゃたの。高かったけど」
「渡したタクシー代を、それに使ったのか?」
「ごめんなさい」
「あんな荷物を持って、どうやって帰ってきた?」
「地下鉄を乗り継いで、駅からはタクシーに乗ったけどメーターが上がりそうな手前で降りたわ。そこからは坂を下るだけだったし」

 なるほど、だから彼女が帰って来た時、クルマの音がしなかったんだ。
 この古いビル、敷地だけは広くて道路から玄関までクルマが余裕で入って来られるからね。
 叔父さんは「仕方ないなぁ」と言いながら、彼女のタクシー代横領を許した模様。姪っ子には甘い叔父さん。

 そんな叔父さんを見て、彼女は話題を変えようとしたのか、質問をする。
「ところで、この包みは何なの?」
「人に渡すモノだから、包装をは開けられないよ。中味は、ヒ・ミ・ツ」
 叔父さんは勿体ぶった言い方をして、彼女と僕に触らないよう念押しして、2階へ上がって行った。

「わざわざここまで運んで来たのだから、包みの中身が何なのか教えてくれても良いと思わない?」
 彼女は少々、ご立腹。
 僕はあまり興味ないけどね。

  ***

 その日は書いている小説の区切りがよく、珍しく午前零時前にベッドに入り、健やかな安眠に入って間もない頃、スマートフォンのコールで起こされた。
「真夜中になんだよぉ」と思いながら、ディスプレイを見てみると彼女から。

 通話ボタンをタッチすると彼女の悲鳴。
「エムくん、来て! なんか変!」
 スピーカーから切羽詰まった声が聞こえてきた。
 ベットを飛び起き床に置きっぱなしにしていたジャングルモックを引っ掛けて、寝巻きにしているジャージ姿のまま、3階から彼女の部屋がある5階まで急いで駆け上がる。

 部屋の前に辿り着き、入ろうとして一瞬戸惑う。彼女の部屋に入るのは引っ越し荷物を運んで以来。
 一応、ノックをしてみる。

「早く、早く!」
 中から急かす声がして、ドアノブを回すと鍵は掛かっておらず、ドアを開けると薄暗い部屋の中で、床で横になったまま彼女が悶えている。
 部屋に入ると『キーン』と嫌な音。
 頭痛がしてくる。
 ドアの横にある照明スイッチを2度押しして、部屋を明るくすると、彼女は両耳を押さえながら唸っていた。

 急いで側に寄る。
「大丈夫? どうすれば良い?」
「鼓膜が破れそう! 耳がおかしくなりそう!」
 僕も顔をしかめながら床に横たわる彼女の横にしゃがむと、イヤな音がますます大きくなる。
 彼女が耳を押さえている指の隙間から、お昼に付けていたピアスがキラキラと光っていた。
『もしかして』と思い、まず右耳を押さえつけている手を剥がし、ピアスのキャッチを外してピアスを取り、左耳のピアスも同じようにして取り外す。
 彼女の部屋を見回すと机の上にボトルガムがあるのが目に入り、ボトルの横に置いてあったハンカチに2つのピアスを包みボトルに入れて蓋をするとイヤな音が小さくなった。

 実家で酔っ払って帰ってきた姉貴の世話をしたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。酔っ払いの姉貴から「ピアスを外して!」と初めて言われたときには、どうやって外したら良いかが分からず、無理引っ張ったら姉貴から思いっきり蹴られたことを思い出す。

 頭痛のするイヤな音はだいぶ小さくなったけど、まだ音が耳に付くので机の引き出しを開けてボトルをしまい込むと、イヤな音は囁くくらいの小ささになった。
 机の引き出しを勝手に開けたけど(引き出しに入れてあるものの乱雑さは見なかったことにしておこう)、緊急避難的だから仕方ないよね。

 イヤな音が収まると、彼女がおもむろに立ち上がる。
「あーっ、ビックリしたぁ。何だったの? あのピアス、呪われているの?」
 ピアスを取るときは急いでいたから気が付かなかったけど、彼女の寝間着姿を初めて見た。ピアスをする女性にしては可愛らしい、小さなクマさん柄の厚手のパジャマ。

「呪われてはいないと思うけどね。頭痛がするイヤな音は、あのピアスから出ていたのは間違いない」
「ピアスから音が出るなんて変じゃない? 夜中に突然鳴り出すなんて」
「ピアスが変なのは確かだけど理由は分からない。お店にピアスを返しに行くしかないと思う。ピアスでもクーリングオフは出来るはずだから」
「そうね。高かったのに物騒なピアスなんて願い下げよ。明日、お店に戻してくるわ。エムくん付き合ってね」

 そう来るとは思ったけど、トラブルを巻き起こす彼女から頼られるのには慣れてきた。彼女と知り合ってからずっとトラブル続きだから。
「分かった。一緒に行くけど、それまでそのピアスはどうする?」
 急いでピアスを仕舞った彼女の机を指さす。

「この部屋に置いておくのはイヤ。エムくんが持っていてくれない?」
 変なピアスは僕も持ちたくないなぁ。
「じゃあ、1階の冷蔵庫に入れておくよ。冷蔵庫だったらピアスの音が大きくなっても気にならないから」

「それが良いわ。じゃあ、お願いね」
 彼女は両手を合わせてお願いのポーズを取りながら、ピアスに少しでも近づきたくないのか、そのままベッドに潜り込む。
 僕は机の引き出しを開け、小さな音を出し続けるピアスの入ったボトルガムを持ち、彼女に「お休み」を言って1階の冷蔵庫にピアス入りボトルガムを仕舞ったあと、ようやく自分の部屋にたどり着き、眠りにつくことが出来たんだ。

(つづく)