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突然の来訪者 【タンシチュー】
彼女が『人物観察』の反省会という名の、歩行者天国を歩く人たちの辛辣な講評を終え(内容は女性が着ている服の話が多かった。よく分からないけど)、壁に掛かった柱時計を見ると、お店に入ってから30分以上経っている。
相変わらず、彼女と僕以外にお客さんはいないのだけど、もしかすると厨房の人たちがお昼休みに入っているのかも知れない。
そんなことを考えていると、メイド服の女の子がトレイに料理を載せてテーブルにやって来た。
調理に時間が掛かったから、味に期待しよう。
テーブルに置かれた皿は、オーダーをしていない料理。
オニオングラタンスープ?
僕が怪訝な顔をすると女の子が、申し訳なさそうに説明する。
「すみません。オーダーの調理に時間が掛かっておりまして、こちらはお店からのサービスです。もうしばらくお待ちください」
お辞儀をしてフロアへ戻って行く。
彼女が何か一言、言うのかなと思っていたら女の子の説明にうなずいただけで、見るからにボリュームのあるスープを食べ始めている。
僕もお腹が空いたので、スプーンを手に取った。
このスープもメニューにあったと思うけど、オーダーした料理と同じくらいの値段だったのではないのかな?
「美味しいね。これがサービスだなんて、良いお店」
「タダより高いものはない、ということわざもあるけど」
「エムくんはその辺、用心し過ぎじゃない? 叔父さんの家の合宿だって、最初はタダなのを疑ったでしょう」
たしかに家賃がタダなのは、地方から出てきた学生にとってはありがたいけどね。
でも大学の講義も始まっていないのに、この疲労感はなんなのだろう。
東京に出てきてから、家賃以上の労働をしている気がする。その大半は彼女に関わることが多いように感じるのは気のせい?
おかげで毎晩熟睡しているけど。
サービスのオニオングラタンスープを食べ終わり、ホッとひと息ついていると、メイド服の女の子がトレイを持ってテーブルにやって来た。
ようやく昼食だ。
アレ? 女の子がテーブルに置く皿が、またオーダーと違う。
「もう少し調理に時間が掛かります。これもお店からのサービスです」
メイド服の女の子はそれだけを言って、フロアへ戻って行った。
なんでオムライスが出てこなくて、タンシチューが出てくるわけ?
まさか残り物じゃないよね。
僕がフォークでタンを突いていると、彼女はナイフで切り分けてタンを口に運んでいる。
「うん、美味しい。タンシチューは好きよ。脂質が少なくて、ローカロリーだし。でもシチューにはパンがないとね。すみませーん、パンもお願い出来ますか」
このお店に、彼女と僕以外のお客さんがいないことに慣れっこになったのか、彼女はフロアに立っているメイド服の女の子に大声でオーダーをする。
まるで自分の家にいるかのようだ。
女の子はうなずいて、厨房へ入っていった。
しばらくすると女の子がトレイを重そうに運んで来た。
ようやくオーダーしたカツレツとオムライスが出来たみたい。
(つづく)