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第49話『安定を重視して就職したつもりの会社が・・・ブラックな地球防衛隊?だった件』

【研修最後の週となりました】

(あーっ、やっぱり眠い。昨日は研修が始まってから初めて、週末を詩織や優衣と満喫したから休養十分なはずなのに)
(そうだ! 優衣の家の庭でやったバイクレッスンで、身体の変な筋肉を使ったからだ。『教習所では、倒したバイクを起こすところから講習を始めます』『次はメインスタンドを立てる練習です』って優衣が言うから真面目にやったけど、ホントかなぁ? バイクは走らせるものなのに、起こす練習やスタンドを立てる練習って変じゃない?)
 亜香里はブツブツ言うが、バイク教習では実際にそれをやらされる。
(バイク免許の前に、仕事を覚えるのが先だし、能力者のスキルも上げないと)
 向上心は立派な亜香里。
(やっぱり、今日も間に合わない。走ろう!)
 3週連続、月曜朝の風物詩となりそうな、亜香里の研修センターまでのランニングである。
 ハァハァ言いながら宿泊棟に入り、靴からスリッパに履き替え階段を駆け上がる亜香里、階段を下りる詩織とすれ違う。
「おはよう、バイク免許取得に向けて、朝から体力トレーニング?」
「おはよう、免許はまだ先。まず教材を取って研修棟に向かわないと。そうだ! 昨日と一昨日は、ありがとうございました。特に土曜日は助けられました」
「あそこから出てこられて良かったよ。でもビージェイ担当の説明は相変わらず、良く分からないね」

 あと30分でお昼という時間に、川島講師が『これからのことについて』と前置きして話を始めた。
「お昼前ですが、今から研修の記録としてクラスごとに、グランドで集合写真を撮ります。写真は今週中に配布します、記念にして下さい」
「記念撮影後、グランドで配属先別に集合して配属前の諸注意がありますので、前にお渡しした配属予定と同じ部署名の札を持った社員のところへ集合して下さい」
「午後からはチームトレーニングとなり、このクラスでの講習はこれで終わりです。4月2日から短い間でしたが、また研修等でお会いすることもあるかもしれません。それでは、お疲れ様でした」そう言って、川島講師は部屋を出て行った。

 詩織が亜香里に声をかけて、部屋を出る。
「入社したばかりなのに、クラスの記念写真って、変じゃない?」
「会社が記録を取っておきたいのじゃない? 今年もこんなにたくさん研修を実施しましたよ、っていう教育担当の実績作り? もしかしたら、この先ミッションで命を落とした人を『入社した頃、こいつ元気だったよなぁ』とか」
「何で亡くなることが前提の? ここの同期の中で私たち以外に能力者補っているの?」
「それは企業秘密です。企業ではありませんが…」
「亜香里さぁ、ビージェイ担当の面白くないギャグを真似しても面白くないよ」
 2人が話をしながらグランドに出ると、クラス順に記念撮影が始まっていた。
「ああっ、これが最後の記念撮影ね」
「亜香里ぃ、もうそのネタはいいから」

 撮影が終わった優衣が、2人のところへやって来る。
「亜香里さん、詩織さん、立つ場所は自由みたいですから、センターを取って下さい」
「なんでセンターを取らなくちゃならないの? うちら坂道系じゃないから、研修の記念撮影ごときで… 私、背が高いから後ろの端で良いよ」
「これは、優衣の言うとおりね。撮影者は研修センターの職員みたいだし、おまけにコンパクトカメラで取っているでしょう?、あのカメラだと端の方はレンズのゆがみが大きいから端に立った人の顔が歪んで写ります。ずっと歪んだ顔で写真が残るのって嫌じゃない? プロを呼べとは言わないけど、せめてAPS、いや、やっぱり記念撮影だからフルサイズで撮るべきです。撮る人は職員でも良いからさ」
 3人の話を後ろで聞いていた悠人と英人。
「小林さん、写真に詳しいですね」
「一応、大学で写真部に入っていましたから」
「良いことを聞きました。今度バイクで走っているところを写真で撮ってくれませんか? メーカーでキャンペーンをやっていて、自分のライディング写真を送って、受賞すればメーカーの工場へ招待される旅行が当たるんです」
「撮るのは良いけど、バイクの工場に行って楽しいの?」
「亜香里ぃ、2人のバイク、たぶんボローニャで作っているよ。本社がそこだから」
「じゃあ、ドンドン撮ります。撮った人も行けるのよね?」
 雑談が弾みすぎて職員に注意されて、記念撮影場所へ走る4人。
 遅れて行ったので、せっかく優衣のアドバイスがあったのに空きスペースは列の両端しかなかった。

 記念撮影のあと、所属別の札を持った社員のところへ行く。
 亜香里と詩織はホールセール部門(法人営業)、30代くらい男性社員と女性社員が一人ずつ立って新入社員を待っていた。そこに集まったのは亜香里と詩織を合わせて5名ほど。何か特別な話があるのかと思いメモを準備していた2人だが、特別な話は何も無く、連休明けに本社に出社すれば、分かるようにしておくとのこと。
 直ぐに解散となり食堂へ向かう2人。
「当てが外れるくらい、何も説明がありませんでしたね」
「同じく。まあ現場の人から見れば、未だうちらはヒヨッコ未満だし『配属されてから、いろいろ教えます』という感じじゃない?」
 後ろから優衣が追いついてきた。
「優衣、人事部はどうだった?」
「『休み明けに本社に出社しなさい』だけでした」
「うちらと同じ。それを言うだけなら、本社からわざわざ研修センターまで来なくても良いのに」
「部署によっては話し込んでいたみたいだから、それに合わせただけじゃない?」

 3人とも昼食を食べ終わり、お茶を飲みながら亜香里がつぶやく。
「ここでの食事も、このお昼ごはんが最後かぁ」
「亜香里さぁ、まだ月曜日よ」
「でも今までのパターンだと、次に研修センターに戻って来るのは金曜日の夜じゃない?」
「たぶん、そうなるけどね。考えたら毎週4泊5日の遠征をしているようなものだから、うちらって結構タフよね」
「研修とは言え、やっぱり何か手当が出て良いレベルよ。あとでビージェイ担当に聞いてみよう」
 悠人と英人が3人が座っているテーブルへやって来た。
「みなさん聞いてますか? トレーニングが長期間になるOJTグループのメンバーは、荷物を全部持って集合場所に行くことって」
「初めて聞きます。どこの情報?」
「宿泊棟と研修棟の1階掲示板に張り出していたみたいです。我々も未だ見ていませが」
「今週で研修も終わりだから、たぶんそうなのでしょう。出したままになっている荷物をキャリーバッグに詰め込めば良いだけだから、手間にはなりません。では行きますか?」

 宿泊棟へ向かう亜香里たち。
 優衣が、困り顔で言う。
「チョット困りました」
「優衣の淑女セットが、トレーニングA棟まで運べないとか?」今日は詩織がツッコム。
「運べるのですが、チョット時間がかかりそうなので、どうしようかなと」
「まさか、ヴィトンのトランクケースとか持って来てないよね?」
「研修期間が長くて、あれだと一つで済むから良いかなと思っていたのですが、ここの施設には業務用エレベーターしかないと聞いて諦めました」
「ホントに、あんなものを持って来ようと思っていたの?」詩織は冗談で言ったつもりだったので少し驚く。
「昔から家にあるので… 祖父母が船旅に使っていたそうです」
「(ガチで優衣の方が『普通』から外れてる)で、結局どうして困っているの?」
「代わりに軽いRIMOWAのTrunkを持ってきました。細かく言えば宅急便で研修センターへ2つ送ったのですが」
「はぁー、そう言う事? あれは100リッターくらい容量があるから、荷物を全部詰め込んだら、重くて運べないと?」
「研修センター内であの荷物を移動させるとは、思ってもみなかったものですから」
「亜香里さぁ、トレーニングに遅れるとまずいから、優衣のデカイ荷物をトレーニングA棟まで運ぶのを手伝おうよ」
「了解、世話のかかるエルフだねー。ここに来た最初の日、宿泊棟の部屋に入って、優衣のバッグが大きいなとは思っていたんだけど、2つあるとは気がつかなかったよ」
「すみません、こんな事でご迷惑をおかけして」

 それから亜香里と詩織は自分のキャスターバッグを1階まで下ろし、優衣のバッグを3人がかりで下ろした。
「あとはキャスターが付いているから大丈夫でしょう? H2 CARBON に比べれば取り回しは軽いよ」詩織に言われて『頑張ります』と答える優衣。
『ゴーッ』という音を盛大に響かせながら、トレーニングA棟へ急ぐ3人。
 優衣は両手で両側にある2つの100リッターのバッグを引いており、遠目には大きなキャスターバッグが自走しているかのようにしか見えなかった。