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突然の来訪者【段ボール箱】

 居なくなった女の子と、寝てしまった叔父さんのことはさておき、彼女と僕は1階フロアに積み上げられた引越し荷物の段ボール箱を、自分たちの部屋へ運び始めたんだ。
 細かく言うと僕が彼女の荷物を1階から5階まで運び、彼女は部屋のお掃除。

 初めてこのオンボロビルに辿り着いた日、玄関扉に叔父さんの字で『海外出張で不在』の張り紙。
 彼女も僕も驚いたし、今日泊まるところをどうしよう?と相談しながら扉に寄りかかると、玄関が勝手に開いたんだ。
 叔父さんの不用心さを心配しながら、彼女と僕がビルの中に入り探索を始めたら、上の階、特に5階の部屋がとんでもない状態だった。
 蜘蛛の巣が張られているくらいなら驚かないけど、魔窟?
 実際に、それらしきものも出て来たから魔窟だったのかもしれない。
 身の危険を感じるものは何とか追い出したけど、部屋の汚れはその時のまま。

 そんな部屋だったから、掃除を買って出てくれた彼女には感謝したけど、2人分の段ボール箱の運び役になった僕の方が、もっと大変だということにあとで気がついた時には遅かった。

 とにかく彼女の荷物が重いんだ。
 気をつけて運ばないとダンボール箱が壊れそう。
 運送会社の人が、よくここまで壊さずに運んで来たなと感心する重さ。
 あとで、中に何が入っているのか聞いてみよう。
 いや、聞かない方が良いのかも知れない。

 彼女が自分の部屋を5階に決めた理由は、彼女なりの蘊蓄うんちくを聞かされたけど、ココでは省略。

 段ボール箱を彼女の部屋と自分の3階の部屋に全部運び終わると、外はすっかり日が暮れて、開け放っていた窓から時折、春先の冷たい風が吹きすさぶ。
 彼女も僕も疲れ果て、これから段ボール箱の荷ほどきが待っているのかと思うと気が滅入る。1階のソファでダラッとしていたら、ひと寝してサッパリした様子の叔父さんがホールに降りてきた。
 色つきセルフレームを掛けているから表情は分からないけど、足取りは軽く鼻歌を歌っている。

「一応、荷物は片付いたみたいだな、腹減らない?」

「おなかは空いたけど、疲れて動けません。部屋の片付けも、まだだし」
 彼女は寝そべったソファから起きる気配もない。

「じゃあ、ピザでも取るか? ささやかな歓迎会をしてあげるよ」
 叔父さんはスマートフォンでピザ屋にオーダーしたあと、バスルームに入ってシャワーを浴びはじめた。

 そのあいだ、彼女と僕はボーッとしたまま。
 しばらくするとバイクの排気音がして、玄関の呼び鈴が鳴る。
 ピザ屋のデリバリーが届いたようだ。
 叔父さんがバスルームから出てこないので、僕が重い腰を上げ玄関へ向かう。
「お待たせしました。量が多いのでこの箱でお渡しします」
 配達員が渡してきたのはピザの箱ではなく、ピザ屋のロゴが入っている、さっきまで格闘していた段ボール箱と同じ大きさの箱。

「合計で2万円になります」
 エエッ! 叔父さんは何をオーダーしたの?
 とは言え『いりません』と言う訳にもいかず、ピザの入った段ボール箱を玄関口の棚に置いて、東京に出てくるとき餞別に貰ったお小遣いから1万円札2枚を用心しながら配達員に渡す。
 叔父さんは払ってくれるよね?

 ピザが入った大きな箱をホールに持ち込むと、バスローブを羽織り、頭にバスタオルを被った叔父さんが姿を現した。
 色つきセルフレームを掛けている。
 あれは叔父さんの身体の一部なのか?

「立て替えておきました」

「じゃあ、あとでね」
 ホントに払ってくれるのかな? 悪い予感しかしないのだけど。

「君たちの部屋も決まり、合宿所のスタートだ。入所おめでとう!」
 叔父さんは僕が立て替えたピザ屋の箱からビールを取り出して、プルタブを引き起こしビールを飲み始める。
 アルコールも頼んだから支払いが多かったのか。

 それから疲れ果てた彼女と僕、ひと寝して元気になった叔父さんの3人で、ささやかな歓迎会が催されたんだ。
 叔父さんが次々にビールを開け、ワインを箱から取り出してボトルごと飲み始め、時々彼女がホールからいなくなるのが気になったけど、3人には多すぎる量のピザとサイドオーダーを僕はウーロン茶で流し込み、途中から疲れと満腹感で眠気が高まり朦朧もうろう となって、何とか自分の部屋までたどり着いたところまでは覚えているけど、荷ほどきをしないまま段ボール箱の上で寝てしまったようだ。
 段ボール箱運びの疲れで朝まで熟睡したみたいだけど、夜中に階段の足音が聞こえたり、人の声がしたのは夢だったのかな?

(つづく)