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夏の合宿所 【紀行文は…】
途中から寝てしまいそうな、広い裏庭での朝食を済ませ部屋に戻ると、真夜中にユリさんが飛び込んで来た時のまま。
テーブルの上には、昨晩から開きっぱなしのままのMacBookに『カクヨム』の原稿が表示されている。書き掛けの原稿を保存したところで力尽き、倒れるようにベッドに横になってしまった。
目を覚ますと窓の外が薄暗い。「まさか?」と思いスマートフォンを見ると午後6時。仮眠を取るつもりが、まる一日寝てしまった。
そうそう、昨夜スマートフォンが圏外だったのは叔父さんの仕業だったらしい。
このホテルに設置されている基地局の電源を切っていたと。
慌てても時間は戻らないので部屋でシャワーを浴び、着替えてから裏庭に出てみた。
部屋の窓から、裏庭に彼女とユリさんがいるのが見えたんだ。
「エムくん、おはよー。ずいぶんユックリさんね」
もうすぐ午後7時。「おはよー」は、彼女なりの皮肉なのかも知れない。
「エムさん、昨日はいろいろ、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」ユリさんが笑みを浮かべながら頭を下げる。
『いろいろ』って何かしたっけ?
暗闇の中で、ずっと僕に掴まっていたこと?それはこちらがお礼をせねば。ユリさんの豊かな胸が、腕に触れっぱなしだったし(お礼は言えないけど)。
『これからもよろしく』って?
アッ! 年上が好みとか、候補とか? 本気?
どういう意味か聞いてみたいけど、間違ってもここでは聞けない。
僕があやふやな表情のまま突っ立ていると、彼女とユリさんは今日もグリルの横でバーベキューの準備を始めている。2日連続だけど、調理器具がこれしかないので選択の余地はない。
叔父さんがワインボトルを片手に、キッチンの扉から現れた。今日も飲む気だ。
「みんな、お疲れ。執筆は進んだかい?」
ウッ! 今まで寝ていたとは言いにくい。どうしよう。
「ええ、午前中少し仮眠を取ったからスタートが遅れたけど、ユリちゃんと一緒にタクシーとレンタサイクルで由緒あるところを周りながら紀行文になりそうな素材を、あらかた集めました。あとは組み上げるだけ」
彼女らしい堅実な行動。
「私は一緒に周りながら、恋愛紀行文のあらすじを考えました。ボイスメモに残した記録を書き起こして当てはめていけば、紀行文の形になると思います」
ユリさんが僕を主人公にした、恋愛紀行文の中身が気になる。
「2人とも短い時間で良くやっているけど、なんで紀行文? 紀行文を書けと言った覚えはないけどなぁ」叔父さんが首をかしげる。
「叔父さんは私たちに紀行文を書かせるために、軽井沢へ連れて来たのでしょう?」彼女が『何を今更』と言わんばかりに確認する。
彼女とユリさんの話では、そうなっていたはず。
「初耳だな。今どき紀行文とか流行らんだろう」叔父さんが不思議な顔をする。
彼女とユリさんはスマートフォンで「ティーンエイジ『夏の紀行文』募集」サイトを、叔父さんに見せてみる。
「へぇー、そんなのやってるの。それに応募しようと思っているわけ?(彼女「一応…」)ふーん… そんな子供用のコンテストじゃなくて、もっと大きいのを目指そうよ。俺の小説家養成所の研修生なんだからな」そう言ってニンマリする叔父さんの顔を見て、彼女とユリさんは顔を見合わせたあと、音がしそうなくらい『ガクッ』と脱力する。
叔父さんは、紀行文コンテストのことは知らずに、オカルト同好会の活動を軽井沢でやりたかっただけのようだ。
「エムくんは、何を書いたのかな?」
叔父さんと彼女たちとのやり取りを人ごとのように聞いていたら、突然僕の方を向いて来た。
一日中寝てたとは言えないな… 咄嗟に言い訳を考えた。
「叔父さんも読んだことのあるSF小説の続きで、主人公たちが一時の夏休みを軽井沢で過ごすリゾート編を書いているところです」
これは本当。今回、軽井沢に来たこととは関係ないけどね。
「へぇー、面白いのを書くね。軽井沢に未来人とか出て来るわけ?」
「いや、その設定は唐突なので、彼女たちの超能力が普通の人にバレそうになる話です」
「フーン、長編小説の中の『閑話休題』、サイドストーリーと言ったところか。それも悪くはないけど、読者が面白みを感じる場面を所々に挟まないとな。『主人公は軽井沢を楽しみました』だけだと、読者に飽きられるぞ」
こんな時の叔父さんのアドバイスは的確。これで飲み過ぎなければ良いのだけど。
そのあとは昨晩と同じバーベキュー、と言いたいところだけど雰囲気は微妙。
彼女のトングが、僕の皿へ次々と焼けた肉を載せていく。それ以上載せると皿から溢れそう。
「たくさん食べて栄養を付けないと。昨日は私を探すのに大変だったでしょう。ユリちゃんのお世話もしていたからね。エムくんは草食男子だと思っていたけど、肉食だったのかな?」彼女がニコリとしながら僕の皿にレアな焼き加減のお肉を載せていく。表情を盗み見ると目は笑っていない。
どういうこと? 昨晩、ユリさんと密着はしていたけど… アッ! 彼女は叔父さんと監視カメラで、僕とユリさんの行動を見ていたんだ…
叔父さんの方に目をやるとワインをラッパ飲みしながら、僕とユリさんを交互に見て、ニマニマしている。
肝心のユリさんは鉄板の焼きナスをひっくり返しながら、恥ずかしそうな素ぶり。顔が赤いのは昼間の外出で日焼けしたのか、照れているのか分からない。
彼女と軽井沢を周りながら、どんな話をしたのか気になるけど、聞くのは止めておこう。とりあえず様子見が無難。
ワインの酔いがまわってきた叔父さんは「そもそも紀行文とはだな…」と、久しぶりに講義が始まる。僕たち研修生への講義は、叔父さんが酔わないと始まらない。
彼女とユリさんは、酔っ払っている叔父さんの講義メモを真面目に取り、僕は彼女が皿に積み上げたステーキ肉と格闘した(残したら、彼女から何と言われるか分からない)。
講義が終わりかけたところで叔父さんはワインボトル片手に寝てしまい、昨日と同じように叔父さんを部屋まで運ぶことにした。
バーベキューの後片付けをしながら、彼女とユリさんは何か話をしていたけど、僕は少し離れて椅子やテーブルを片付けていた。何か悪いことをしたわけではないけれど、何となく2人とは話しづらい。
翌朝、彼女のコールで目が覚めた。
「帰るよー。叔父さん、用事が出来たんだって(ツーッ、ツーッ)」
通話が切れたスマートフォンを見ると朝7時。
あと数泊するのかと思っていたけど、急用なら仕方がない。
急いで身支度を調え、用意して着なかった服をキャスターバッグに詰め、部屋を出ると叔父さんはクルマのエンジンを掛け、彼女とユリさんはホテルの玄関を出るところ。
玄関を出てボルボのテールゲートへ回ると、カーゴエリアにあるのは彼女とユリさんのバッグだけ。
「来るときにカーゴをいっぱいにしていたのは、オカルト同好会の人たちが積み込んだ荷物だったそうよ。使用済みでもう要らないんだって。エムくんがバッグを積み込んだら出発よ」後部座席のドアに手を掛けながら彼女が説明する。
なるほど、そういうことですか。僕とユリさんを脅かすための道具は使用済み、とは言え現地に置きっぱなしで良いのかな?
「エムくん、これで戸締まりをしてくれる?」
叔父さんが運転席の窓から伸ばした手の先には、玄関の大きな鍵。
急いで荷物をカーゴエリアに放り込みゲートを閉め、鍵を受け取り玄関に戻って鍵を掛ける。
クルマの助手席に座るとシートベルトを締める間もなく、叔父さんがボルボを発車させた。
シートベルトを締めながら叔父さんに聞いてみる。
「急用が出来たのですか?」
「急用というわけじゃないんだけどな。これからのことを考えると、早く帰るに越したことはないと思ってさ。そうだろう?」
叔父さんがバックミラー越しに、彼女の顔を見る。
何かあったの? うしろをチラっと振り向くと、彼女が浮かない顔をしている。
コッソリ見たつもりが、彼女と目が合ってしまった。
「どうせ、私は関係ないし…」そう言って、彼女はプィッと横を向き、車窓に流れる軽井沢の街並みを眺めていた。
「じゃあ、これを配りますね」その場の雰囲気を取り繕うかのように、ユリさんが大きな袋から包みを取り出し、助手席に2つ渡してきた。
「今朝早く、叔父さんから出発を知らされて、ユリちゃんと2人でサンドイッチを作ったの。叔父さんはハンドルから手が離せないから、エムくんが食べさせてあげてね」
いつもの美少女スマイルではないが、さっきほど不機嫌ではなさそう。
それから東京までの道すがら、叔父さんから「男から食べさせてもらうと味が落ちるなぁ」と言われながら、叔父さんにサンドイッチや飲み物を給仕し、うしろの座席では彼女とユリさんが小声で話をしていた。
何事もなく東京の合宿所に到着すると、僕たちを下ろした叔父さんはそのまま何処かへ出掛けてしまった。
2泊3日の夏合宿は涼を堪能する間もなく終わり、叔父さんの急用? 彼女の不機嫌? ユリさんの告白? とモヤモヤ感いっぱいのまま、東京の暑い残暑を過ごすことになった。
それでも叔父さんに言った手前、軽井沢合宿の成果は残しておかねばと思い「小説家になろう」に投稿中のSF小説に『お盆休みのリゾート編』をエピソードとして投稿した。3話の投稿で、計11千字。
叔父さんが読んだら、何て言うのだろう。
(仮)彼女と僕の奇妙な日常『 8月 夏の合宿所 』(了)