夫、今度は論破王になりたい
夫がこの日は愚痴だらけだった。
職場で自分の思いとは違う人がいることが許せなかったらしい。
とにかく何かするごとにイライラして、子供達にも口調がきつくなっていく。
妻の正直な感想は「めんどくせぇ」
自分の職場に収まらず、私の職場についても色々言ってくる。
お前に何ができるんじゃと思いながら、ニコニコ聞いていた。
お前ができるなら、私がとっくの昔にできてるわ!!
夫は何事にも感情移入しやすい。
「俺はクールでドライな人間だ」とか言うのだけど、それって何基準だろう。
心の中に熱い物を秘めていると言えばカッコいいけれど、夫の場合は“暑苦しい”だ。
求めてもいない変な情熱をこちらに勝手に話し始めて、それを実行しない私にイライラする。
お前に!何が!できるんじゃ!!!
そんな夫、最近になって“ひろゆき”にハマっている。
淡々と世の中の疑問に切り込んでいく姿がカッコいいらしい。
会話の節々に「ひろゆきだったらさぁ」が出てくる。
ひろゆきは、ある程度の知識やそれを人に伝える技術があっての発言なのだ。
夫は知識も技術もない。
何もないオッサンがどんなに吠えても、妻とすれば「ちょっとよくわかんないです」になる。
憧れるのは自由だが、勝手に憑依させられたらひろゆきだって迷惑だと思う。ちなみに妻は超絶迷惑している。
あーあ。こんなんなら平野紫耀になっていてくれた方が笑えるのに。
こんな時も私はニコニコしてさも真剣に聞いているような素振りをする。
聞かれた質問にはニコニコ真摯に答える。
真面目な話から逃げてはいけない。
これが夫婦のルールである。
夫のこうゆう難しい話をして、いかにも出来る人間になりたい時間を“ひろゆきタイム”と呼ぶことにした。
ひろゆきタイムの夫は実にめんどくさい。
私は議論なんてしたくないし、子供達の今日あった面白い話をして笑い合いたいのだ。
でも、夫は議論をして自分が利口な人間であることを確認したい。
価値観の違いで離婚する夫婦がいるのもうなずける。私は離婚までしないけど、今すぐこの場から逃げて再度読み始めた小林聡美のエッセイを最後まで読みたい。
でも、自分の欲求だけでは成立していかないのが夫婦。
お互いが欲求をぶつけ合うだけでは破綻してしまう。
時には相手の欲求を受け入れて、面白くないこともする。
この先に私達夫婦には高額なプレゼントというビッグイベントが待っている。でももう買ってほしいものがない。どうしよう。
夫は頭は良くないけど、真面目なのだなと思った。
仕事は休まないし、残業も断らない。
その真面目さで今の職場で信用を獲得していることも知っている。
そして、職場ではひろゆきを憑依させない。
家に帰ってきてからしかやらないのだから、思う存分ひろゆきになりきってもらうのも必要なのかなと思った。
私に話して自己肯定感を上げる。
夫にとって私は自己肯定感爆上げ要因なのだ。
そうと分かれば責任をもって夫の自己肯定感を上げていこうと心に決めた。
職場で言えないことを家で真剣に話す。
「そうね!あなたは凄いことをしている!」
話の内容はほとんど入ってきていないけれど、話の要点をおさえて的確に返事。
ヨッ!いい妻!
自分の自己肯定感は自分で上げるタイプ。
夫の喜ぶセリフは頭の中にインプットしている。繰り返して言うことで夫はすこぶる上機嫌で眠りにつく。
ミッション コンプリート!
ひろゆきっぽく話す夫にも少し慣れてきた。
本物に瞬殺されるであろうエセひろゆきを優しく見守り褒めながら、この話も無事ネタにした。