上岡敏之/新日本フィルの交響詩集(MUSE2021年8月号)
ナクソス・ミュージック・ライブラリーには日本のレーベルはまだそれほど多くは参加していないようですが、それでもライブノーツやコロムビアなどが参加して、後者は今の国内市場に出ていないタイトルを中心に展開し始めているようです。そんな中で最も力が入っているのが高音質レーベルとして名声を高めているEXTONで、現在も市場に出回っているタイトルも含め多くのタイトルを配信しています。そんな中で目を引くのが新日本フィルの音楽監督としていくつもの2チャンネルSACDアルバムをリリースしている上岡敏之です。ブルックナーの交響曲が4番、6番、7番、9番と最も多く、あとはベルリオーズの「幻想交響曲」、ブラームスの1番、チャイコフスキーの「悲愴」、ドボルザークの「新世界」、マーラーの1番と1曲ずつに、オペラ名曲集とワーグナー集が1枚ずつという具合ですが、特に驚いたのが日本の指揮者やオーケストラによる録音としては初めての曲ばかりを集めたレーガー、ニールセン、ツェムリンスキーの諸作品を集めた1枚です。これに「悲愴」の冒頭に収められているラフマニノフの「死の島」も加えて録音日順に並べたものが下のリストです。
2017年10月14~15日
ニールセン 序曲「ヘリオス」
ツェムリンスキー 交響詩「人魚姫」
2017年11月10~11日
ラフマニノフ 交響詩「死の島」
レーガー 「ベックリンによる4つの音詩」
*ヴァイオリンを弾く隠者
*波間の戯れ
*死の島
*バッカナール
このうち「死の島」を2018年3月23~24日収録の「悲愴」の冒頭に収録し、残る3曲を1枚に纏めて2枚のアルバムとして売っているのですが、録音時期ごとの組み合わせにははっきりしたテーマがあって、まずニールセンとツェムリンスキーではデンマーク。作曲家ニールセンと「人魚姫」の題材となった童話の作者アンデルセンがデンマーク人です。そしてラフマニノフとレーガーの作品は神話的・幻想的な題材を多く採り上げたことで有名な画家ベックリンの絵画にインスパイアされているのが共通しています。しかもレーガーの第3曲はラフマニノフと同じ絵に基づくものですし、第2曲にはツェムリンスキーと同じく人魚が登場しています。また第1曲の隠者にはマーラーの交響曲4番に出てくるヴァイオリンを弾く死神ハインの面影がありますし、第4曲に出てくる牧神には前年に書かれたラヴェルの「ダフニスとクロエ」を想起させずにおかぬものがあります(レーガーがこのバレエ曲を知っていたかどうかは定かではありませんが)
これらの作曲年代に注目すると、ニールセンの「ヘリオス」が1903年と最も早く、ツェムリンスキーの「人魚姫」が同年に作曲された後1905年に改訂されています(上岡の演奏もこの改訂版によるもので、初版より第2、第3曲にカットが入り、第1曲のバンダの部分に手が加えられているとのことです)その後ラフマニノフの「死の島」が1909年で続き、最後が1913年に完成したレーガーの「ベックリンによる4つの音詩」ですから、レーガーを除く3曲はマーラーがまだ生きていた時期の曲ということになります。
これら後期ロマン派の最末期(レーガーの作が完成したのは、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」の翌年、ストラヴィンスキーの「春の祭典」と同年でした)に書かれた4曲は、夜明けから日没への巡りを描いた「ヘリオス」も含め、それぞれに深い陰影も併せ持つ色彩表現を演奏陣に求める作ばかりですが、上岡と新日本フィルはそれらの要求に見事に応え、それをEXTONの優秀録音が余すところなく捉えています。我が家にはどの曲も別の録音がありますが、録音込みの総合力において上岡盤はずば抜けた仕上がりを見せていて、これらの曲を初めて聴く方々にも自信をもってお勧めする次第です。ぜひコロナ禍に負けず頑張ってほしいとの思いも切なるものがありますので、せめて配信で聴くだけでなくSACDも買ってささやかながらも応援するつもりでいます。
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