MF

50間際になって急に独自設定のRPG風ファンタジーめいた代物など書き始めたロートルです(汗) よしなにお願いいたします。

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50間際になって急に独自設定のRPG風ファンタジーめいた代物など書き始めたロートルです(汗) よしなにお願いいたします。

マガジン

  • MUSE原稿、あるいはその他の音楽関連

    CD登場の約10年前だった中学時代からクラシック音楽に親しみMSXパソコンでワープロを覚えて零細音楽サークルMUSEにほぼ毎月投稿してきた安物オーディオの話も混じる素人の雑記です(汗)

  • 『鉄鎖のメデューサ』

    リレー小説として始めたのに趣味に走りすぎて誰もついてこれなかったため、結局1人で40話に亘り書き続けたファンタジーです。

  • 『封魔の城塞アルデガン』 第3部:燃え上がる大地

    アールダの時代から二百年後を描くアルデガンシリーズの本編。ラストとなる第3部ではついに城塞都市の崩壊の顛末が語られます。

  • 『遥かなる海辺より』

    『鉄鎖のメデューサ』の続編に当たるものですが時は百年前に遡る、若き音楽家と人魚のお話です。

  • 『隻眼の邪法師』 アルデガン外伝7 巻の5

    かつてアールダが訪れた東の地での事件の後、皆がこの地を去ってゆきます。13章はリアの、14章はアラードたちの旅立ちです。

最近の記事

名演奏としてのアブラヴァネルのチャイコフスキー(MUSE2023年5月号)

 モーリス・アブラヴァネルはギリシャ出身のユダヤ人指揮者。若き日には大戦間のドイツでクルト・ヴァイルの紹介などで活躍していましたが、ナチスの登場によりドイツを追われて渡米した多くの音楽家たちの一人でした。彼が落ち着いたのはユタ州ソルトレイクシティ。モルモン教の街としても名高いこの地で長大な残響を誇る大ホールを拠点とするこのオーケストラを彼は育成し中興の祖とまで呼ばれるに至り多くの録音を遺しています。その芸風は世界最長とさえ呼ばれるホールの残響の長さが大きく影響したもので、旧大

    • 5番から2つの『悲愴』へ(MUSE2023年4月号)

       チャイコフスキーの5番がなぜ前後の4番や『マンフレッド』『悲愴』に比べドラマ性の薄いものになったのかは、特に第1楽章に主因があると感じます。前後の3曲に比べ5番の冒頭楽章は著しくなだらかな運びで、続く第2楽章や第3楽章より大規模であるにもかかわらず、コントラストの点ではそれらと大差ないという非常に珍しいものになっているのです。確かに本当の葛藤を冒頭楽章ではなく終楽章に配したのはベートーヴェンの5番の最大の特色ですが、あの曲の場合は冒頭楽章自体も実に激烈な性格のもので、それを

      • 番外の異色作『マンフレッド交響曲』(MUSE2023年3月号)

         フィナーレの構成を一見新たな局面に進んだように見せつつも実は第1楽章冒頭に引き戻されただけだったという非常に悲観的なものにした『4番』に対し『マンフレッド』交響曲のフィナーレではなんといってもチャイコフスキーの交響曲の中で唯一この曲のこの楽章にだけオルガンが登場するのが最大の特徴です。ただしこの件については注意すべき点が1つあって、このフィナーレにおけるオルガンはチャイコフスキーの手になる改訂版により追加されたもので、初版にはオルガンはなかったのです。今ではこの曲、ほとんど

        • ベートーヴェンからチャイコフスキー、あるいは影響ゆえの回避(MUSE2023年1~2月号)

           昨年暮れに自分で(まだ続く)なんて書いたくせに、1月以降びっくりするほど忙しく、こちらに投稿するのをすっかり忘れていたので、2か月に分けて書いた文章をこちらではまとめて投稿します(汗) ==========  前回ベートーヴェンの5番におけるスケルツォの反復に関し、東ドイツの音楽学者にして指揮者のペーター・ギュルケに触れましたが、直後となる12月30日のEテレで放映されたベートーヴェンについての番組で、これまで写真でも見たことがなかったギュルケ氏が当時のことを語っている

        • 名演奏としてのアブラヴァネルのチャイコフスキー(MUSE2023年5月号)

        • 5番から2つの『悲愴』へ(MUSE2023年4月号)

        • 番外の異色作『マンフレッド交響曲』(MUSE2023年3月号)

        • ベートーヴェンからチャイコフスキー、あるいは影響ゆえの回避(MUSE2023年1~2月号)

        マガジン

        • MUSE原稿、あるいはその他の音楽関連
          24本
        • 『鉄鎖のメデューサ』
          40本
        • 『封魔の城塞アルデガン』 第3部:燃え上がる大地
          14本
        • 『遥かなる海辺より』
          11本
        • 『隻眼の邪法師』 アルデガン外伝7 巻の5
          9本
        • 『隻眼の邪法師』 アルデガン外伝7 巻の4
          18本

        記事

          ベートーヴェンの交響曲5番におけるスケルツォ(MUSE2022年12月号)

           前号の拙稿にN様も述べておられるとおり5番のスケルツォの手書き原稿には繰り返しが記されていますので、先に書かれた4番や同時進行していた6番と同じく、5番も繰り返しありとして着想されたことは間違いがないでしょう。それが5番に限り繰り返しなしとして修正された、しかもそれが初演前のことだったとすれば、それはやはり5番のこのスケルツォだけがはっきりネガティブな性格のものだったことに基づく迷いゆえだったからではないだろうかと僕は感じているのです。スケルツォからメヌエットに戻された8番

          ベートーヴェンの交響曲5番におけるスケルツォ(MUSE2022年12月号)

          ベートーヴェンの交響曲における後半楽章(MUSE2022年11月号)

           今回はブルックナーと同様、1つの型をベースに交響曲を書いたと見ることができそうなベートーヴェンについてです。  ブルックナーの場合、習作とみていい00番や0番から1番、2番、4番、5番、6番の7曲全てで両端楽章がほぼ均衡を持つという型を持っており、この型を崩すことで7番や8番で新たな実験に挑んだと見ることもできるわけですが、ベートーヴェンの場合は1番、2番、4番、7番と1つの型を追求する歩みと同時進行で、いわば形成されてゆく型を踏み台にして要所要所で英雄と呼ばれる3番や5番

          ベートーヴェンの交響曲における後半楽章(MUSE2022年11月号)

          ブルックナーの交響曲について(MUSE2022年10月号)

           今回は前回の投稿に関してお二人からブルックナーについての投稿がありましたので、僕もブルックナーについての考えをもう少し整理させて頂きます。  前回ブルックナーも含めた何人かの作曲家の交響曲などについて内容というよりも様式に注目して作曲年代ごとの変化を追っていくと、作曲技法の変化や発展を追っていけるのではと考えていることをお知らせしたのでしたが、ご存じのようにブルックナーの場合、ナイーブすぎる性格が災いして他人に批判されると際限なく改訂せずにいられないばかりか、ひどい場合は弟

          ブルックナーの交響曲について(MUSE2022年10月号)

          国境を越える音楽の変容(MUSE2003年1月号)

           伊福部昭の極めて興味深いCDが発売されました。NAXOSの日本作曲家集成の1つとして出たものでドミトリー・ヤブロンスキー/ロシアPOという海外の演奏陣による初めての本格的なアルバムです。  武満の作品などこれまでも西洋の演奏家による日本人作曲家のアルバムがなかったわけではありません。ただメシアンなどとの交流において西洋的な技法により日本的な美意識を表現した武満に比べ、より非西欧的な技法と内容を持つ伊福部の音楽が西洋の演奏家によりどう変容するかを我々は本場の視点で目撃すること

          国境を越える音楽の変容(MUSE2003年1月号)

          石井眞木氏の訃報、岩城による日本の現代音楽新シリーズなど(MUSE2003年5月号)

           日本とベルリンを中心に活躍した作曲家の石井眞木氏が亡くなられました。66歳という若さでした。  オペラやバレエを含む膨大な作品がありますが、僕が初めて接した氏の作品は映画「帝都物語」の音楽でした。数年後の「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」と同じく実相寺昭雄監督とのコンビですが、場面ごとに短い音楽を割り付けるのではなく、監督の意向で映画から自立しうる管弦楽組曲として作曲されているのが最大の特徴です。  「帝都物語」は明治の日本を舞台に帝都東京の壊滅をもくろむ魔人の暗躍を描い

          石井眞木氏の訃報、岩城による日本の現代音楽新シリーズなど(MUSE2003年5月号)

          交響曲その他つらつら(MUSE2022年9月号)

           ここしばらく暑さゆえか仕事面で余裕がないせいか、ものを考えてもなかなかちゃんとした形にできず難儀することが多いので、今回はそのうち形にしたいと思い続けているいくつかの考えを生乾きのまま列挙させていただくことにいたします。  シベリウスの7つの交響曲と、彼の実質的に最後のまとまった規模の作品である交響詩『タピオラ』を含めた8曲は、ニールセンが書いた6つの交響曲と書かれた時期がほとんど重なっていることに気づき驚いている。ニールセンのほうがいわゆる「現代音楽」にはるかに近い作風

          交響曲その他つらつら(MUSE2022年9月号)

          『夜想曲』『ボレロ』雑感(MUSE2022年8月号)

           今回はドビュッシーの『夜想曲』とラヴェルの『ボレロ』についての雑感めいたお話です。  ドビュッシーの管弦楽の中でも、それぞれ3つの曲を組み合わせた『夜想曲』と『海』は代表作と目されていますが、特に後者は交響組曲と呼ばれることも多く、作者自身がはっきり交響曲と呼ぶ曲種を残さなかったドビュッシーの管弦楽分野において最も交響曲に近づいた曲とみなされているように思います。それに対し『海』に先立つ『夜想曲』の場合、曲自体に交響曲的な要素がより希薄なせいか、演奏サイドで外から形を固める

          『夜想曲』『ボレロ』雑感(MUSE2022年8月号)

          ワイセンベルクのドビュッシー(MUSE2022年3月号)

           前回に続いてワイセンベルクの話題ですが、あれから彼の録音歴を調べると、DGへの録音は独奏曲のアルバム4点しかなく、僕がDGへの録音だと思いこんでいた小沢のガーシュインアルバムにおける『ラプソディー・イン・ブルー』の独奏はEMIへの録音でした。DGへのバッハ、スカルラッティ、ラフマニノフ、ドビュッシーの4枚ともどもCDが登場して間もない80年代の録音です。  この4枚のうち彼の姿勢が端的に表れたものとして注目したいのがドビュッシーです。85年に収録されたこのアルバムは68年に

          ワイセンベルクのドビュッシー(MUSE2022年3月号)

          ピアニスト2題(MUSE2022年2月号)

           今回はいただいた投稿で取り上げられた、2人のピアニストについてです。  一人目は既に実績のある身でショパン・コンクールに参加した反田恭平さんが、なぜ今コンクールに出たのかと問いかけた日本人インタビュアーに答えた、自分にはアメリカのジュリアードやバークレーのような音楽院を日本に作りたい夢があり、コンクールに入賞すればその実現に役に立つと考えたという話についてですが、彼の話を紐解く鍵は音楽学校を、それも既存の日本の音楽大学のようなものではなく、アメリカのようなものを日本に作り

          ピアニスト2題(MUSE2022年2月号)

          古典の磁場の中で:番外 ワーグナーがもたらしたもの(MUSE2018年12月号)

           ここまで「スコットランド」の演奏の変遷について書き連ねてきたわけですが、前回に触れた2000年代の最初の10年間に出た録音が一つの解釈に収斂していく傾向が強かったのに対し、今日に至る次の10年間についてはそれがばらけ始めているように感じています。現時点で手元にあるのは我が国初のメンデルスゾーンの交響曲全集となった沼尻盤をはじめとするガーディナーおよびネゼ=セガンによる3つの全集に、単発のものでは村中と古楽のレパートリーでの活躍が長かった有田、つい先ごろ来日が伝えられた現代作

          古典の磁場の中で:番外 ワーグナーがもたらしたもの(MUSE2018年12月号)

          転換点の交響曲 「宗教改革」小論 後編(MUSE2018年3月号)

           メンデルスゾーンはこの交響曲「宗教改革」を書いた時期に、その後の彼の創作を考える上で注目すべき活動を見せています。一つはバッハの「マタイ受難曲」の蘇演。もう一つが幼い頃から親交のあったゲーテのバラードに基づく「最初のワルプルギスの夜」の作曲です。  メンデルスゾーンの時代、バッハは完全に時代遅れの作曲家とみなされ「マタイ受難曲」も顧みる人はいないまま長く埋もれていた状態だったようですが、メンデルスゾーンはこの曲の蘇演を慈善演奏会として企画することで実現させ、後のバッハ復興の

          転換点の交響曲 「宗教改革」小論 後編(MUSE2018年3月号)

          転換点の交響曲 「宗教改革」小論 前編(MUSE2018年2月号)

           かつて大指揮者トスカニーニはメンデルスゾーンの交響曲では「宗教改革」が一番好きだといい、彼がモノラル時代にものした録音は当時まだ少なかったこの曲の代表盤としての地位を長い間保つものでした。今回はこの曲について少し書いてみたいと思います。  この曲はメンデルスゾーンにとって2番目の交響曲でしたが、3番目にあたる第4番「イタリア」共々生前には出版されませんでした。交響曲作曲家としてのメンデルスゾーンは15歳で作曲した第1番と、若すぎる晩年に発表した第2番「賛歌」と最後の第3番

          転換点の交響曲 「宗教改革」小論 前編(MUSE2018年2月号)