見出し画像

[短編] 代行サービス

(画像・原案: しょうの / 文: もぐられもん)

 世の中にはさまざまな代行サービスがあふれている。運転代行、退職代行、中には彼女代行なんてものもある。
 私は今、札幌市中央区を中心に代行サービスの事業を展開しており、そこそこの業績をあげている。中でも昨今のコロナ禍の影響もあって、出前サービスの下地がなかった飲食店の出前代行はなかなかの需要があった。
 こんな世の中だからあまり人様には大きな声では言えないが、それなりの財産も築くことができた。
 とうとう私は元モデルのスタイルも気立ても抜群の美女と結婚し、市内に建つタワーマンションの屋上に居を構えた。
 金はある、美人の妻はいる。こうなると特にそれ以上求めることもないのだが、この頃は腹回りが気になってきた。
 特に妻がスタイルがいいので余計に自分の肥満が醜く思えてきた。
 駅前のオフィスで一仕事終えた昼下がり、秘書から来客があると言われた。そんな予定はなかったはずだが、と思いつつ部屋に招き入れると見たことこないスーツ姿の男だった。
 しかも、何の特徴もない。ちょっと目を離しただけでどんな人相だったか忘れてしまいそうなくらいだ。
「どうも、こんにちは。突然おじゃましちゃってすみません」
「さて、本日は何のご用件でしょうか」
 私は椅子に座るように勧めた。
「では、失礼して、と。いやはや、貴社の代行サービスは近頃大変な評判ですよ。特に出前の配達サービスなんかは小さな飲食店では大助かりだとか。そこで弊社でもこんなサービスを始めてみたのです」
そう言って一枚のビラを取り出して来た。
「健康代行サービス、ですか」
 内容を読むと、依頼者の代わりに依頼者の肉体を健康にしてくれるという。
「それはつまり、健康的な食事やトレーニングメニューを用意してくれるってことでしょうか?」
「いえいえ、依頼人は代金さえ支払っていただければ何もする必要はありません。なにせ、代行サービスですから。最初はお試し期間ということでお代は要りません。ただ、何かあった時のためにこちらの契約書にはサインをお願いします」
 ビラと入れ違いに書類を差し出して来た。約款に目を通すが不審なところはない。依頼人は成果が得られなければ代金を支払う義務がないとまで記載されていた。
 どうにも胡散臭いが、他社の代行サービスを敢えて使ってみるのも面白かろうと思って私はサインした。
 
 翌朝、私は酒を飲んだ後の特有の怠さがあるかと思ったが驚くほどスッキリとした目覚めだった。
 それにいつもよりも体が軽い気がする。
 まるで二十代の時の自分に若返ったかのようだ。
 身支度を整えてオフィスには向かわず、出前代行サービスの事業所にタクシーを走らせた。
 今日は新しい派遣社員たちが研修を終えて実業務に入る日だった。念のため、自分の目で彼らの様子を確認しておき、激励をしておこうと考えた。彼らにしてみたら余計なことかもしれないが、ちゃんと会社のトップが期待を寄せているという意思を直接伝えることで多少なりとも緊張感を与えたかった。
 事業所に入ると、すぐに所長が出迎えた。
「社長、おはようございます。早速、会議室で新入らを待たせてあります」
部屋に入ると、三名の若者が席に座っていたがすぐに立ち上がって「おはようございます」と挨拶した。
「おはよう。座ったままでいいよ」
 私は彼らの顔を品定めするように一つずつ観察した。一人ずつそれなりの苦労があったらしい顔立ちだ。新卒として正社員につけなかったあたり、何かしらの紆余曲折があるのだろう。それでも自分にはない若々しい髪と肌艶をしている。
 私は前もって考えていたことを彼らに伝え、冗談も言って場を和ませつつ励ましの言葉を残してその場を去った。
 オフィスに戻り、諸々の事務仕事を片付けると私は早めに仕事を切り上げて家に帰った。
 シャワーを浴びようと脱衣所で服を脱いだ時、腹回りがすっきりしていることに気がついた。実際体重を測るとすっかり平均体重になっていた。
 たった1日でこんなに減るものなのか。
 健康代行サービス。どういう仕組みなのかはわからないが、効果は抜群だ。
 あまりにも体型が変わったので妻に心配された。念のため、翌日人間ドックに行ったが、別日に結果を聞きにまた病院に行くと医師からは「とても四十歳の体とは思えない。まるで二十代だ」とまで言われた。
 
 ある日、出前サービスの事業所長からメールで連絡があった。どうやら思った以上に需要があったようで人手が足りないという。
 人手が足りないと言われて、人を増やすのは簡単だ。だが、私は本当に新たに社員を雇う必要があるのかどうか吟味した。
 結果、彼らに残業をして貰えば事足りることが分かった。派遣会社には残業のある可能性を伝えていたので問題はない。それに彼らもお金が欲しくて働いているのだ。
 ところが、その日を境にして体調が優れない日が多くなった。

 また別の日、所長から電話連絡があった。
「少なくともあと三人は雇わないと手が回らないですよ。一人、体調を崩してしまったんです。他の二人も辞めてしまわないか心配です」
 既に事業所には正社員のバイトを合わせると8名もいるのに足りないなんてことがあるか。
 私も風邪気味で家で休養をとっていたため、具体的な対策は専務と相談して決めてあとでメールで報告するように指示した。


 翌日、具合が良くなったので出前代行サービス事業所に行った。所長は早速、人員募集の話をしてきたが私は1日あたりの出前の配達件数をチェックした。人は嘘をつくが、数字は嘘をつかない。
 すると、明らかに予想よりも低い生産性になっていることがわかった。
「こりゃ、どういうことなんだ。誰か配達中にサボってるんじゃなかろうな」
「いえ、そんな様子はありませんでしたが、やはり人数が少ないのでどうしても距離が遠くなると往復時間が長くなるんですよ」
「そんなことはわかってる。いいか、多少は法定速度を超えても構わない。警察も出前中のうちの車にそこまで目くじらは立てんだろう」
「交通違反をしろということですか?」
 所長がそう楯突いてきたので、私は思わず声を荒げた。
「違反をしろというわけではないが、交通状況を見て多少は速度を出しても構わんだろうと言ってるんだ!」
「わかりました……」


 次の日の昼休み。食事をしていると、急に胸が痛くなった。
「うっ」
 耐えられない痛みだ。おまけに気が遠くなってきた。誰かが私の名を呼んでいるようだが……。
 
 その日、代行サービスを主に展開していた新進気鋭のサービス会社の社長と、その事業所で働いていた派遣社員の二十代男性が業務中にスピードの出し過ぎで対向車に衝突して死亡した。
 ニュースでは二人の死に関連性はないとされた。
 その実、彼らの自宅にはそれぞれ不思議な契約書の控えがあったのだが、二人の死と同時に何の変哲もない真っ白な紙になってしまったことを誰も知らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?