[雑記] レストラン

 妻と職場の友人と札幌駅前にある新しいビュッフェ式のレストランに行った。おまけに、ランチ時のビュッフェは千円という格安だ。
 駅前にありがちな薄暗い様式ではなく、どういうわけなのか高層階でもないのに窓から差し込む自然光のおかげでとても店内は明るくて、西洋風のインテリアはお洒落で素敵だ。
 白いテーブルクロスをかけられた円卓に妻と二人で座り、店員から簡単な説明を受ける。
 説明が終わると逸る気持ちを押さえながら、皿を取って列に並んだ。新しくできたばかりということもあり大勢の客でいっぱいだ。
 用意されていた洋風の料理をなんとか席まで持って帰る。
 びっくりするほど美味しいというわけでもないが、確かに千円でこれは美味しい。
 他の料理も食べてみよう、と思っていた矢先、あっという間に大皿に乗った料理がなくなり、終いには何もなくなってしまった。
 壁には一人千円と書かれた白い貼り紙があった。なるほど、そういえばまだお金を払ってなかった。ここは奮発して二倍の二千円を払ってあげよう。建物の後方に置かれたテーブルの上の銀皿には既に他の客が支払ったと思われる千円札が山になっていた。僕はその上に千円札を二枚置いた。
 しかし、一向に料理が出てこず、料理人と支配人が壁際でひそひそこんな会話をしているのを聞いてしまった。
「なんとか料理を出せないかね」
「いや、無理です。とても人手も食材も追いつかない。十七時からは団体客の予約も入ってますし、なんとか十七時までこのままに」
僕は、おいおいそりゃどういうことなんだよと思いながら試しに十七時まで待ってみることにした。
 すると、果たして団体客がゾロゾロと入ってきて、料理も運ばれてくるではないか。
 僕は喜んで料理を皿に盛って食べていた。が、従業員に「あの、そろそろ混んできましたのでお席をあけていただけないでしょうか」と言われた。妻からも「もう、出たら」と勧められる。
 渋々、食事を中断して立ち上がったがどうにも腑に落ちない。
「あの、実はさっき二千円払ったんですよ。もう出ていって欲しいというのなら、せめて千円は返してもらえないでしょうか」
僕はおずおずとそう頼んでみた。
 すると、従業員は事務室に案内すると言って先導し始めた。僕はただ結局無意味に千円多く支払ったのを返して欲しかっただけなのだが、おおごとになってしまったと嫌な気持ちになってきた。
 おまけに事務室はレストランの中ではなく地下街の中にあるという。道すがら、一緒に残ってくれていた職場の友人が「じゃ、わたしはこれで帰るね」と去っていった。僕は彼女も残ってくれていたことに感動しつつも、申し訳なく思って別れ際に謝罪の言葉を述べたが果たして聞こえたのか聞こえなかったのかその背中は遠のいていった。
 複雑な心境のまま階段を降りて、地下にあった窓のない事務室に通されると、マネージャーらしき中年女性が現れた。
「このたびはご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。今回、お詫びの気持ちとして当店で使える八万円分のポイントカードを用意させていただきました」
 オレンジの下地に一部銀色の箇所が書き直せる材質になったカードには確かに「80,000」という数字が刻まれている。
「いや、そういうのが欲しくて て言ったんじゃないんです。ただ、千円を返してほしくて…」
 どうにも僕の意図が伝わっていないようで説明しようとするが、僕が勝手に気分が大きくなって自分の料金を二千円も多く支払ってしまったことがどうも理解してもらえていないらしい。というか、そもそも銀皿に代金を置いておくというシステム自体妙ちきりんだ。
「あの、回収したお金を数えてもらえれば千円多いってわかるはずです」
 しかし、彼女は言う。
「わかりました。ポイントは不要と言うことですね。しかし、それが私たちに精一杯できるサービスです。これ以上の対応は致しかねます」
そのとき、職場の先輩方が突然事務所に現れてこんな話をしてくれた。
 実はこのレストランは今勤めている私の会社が経営に携わってること。また、僕がクレームを出したことで僕の名前は"クレームチケット"なるものに記され、レストランの記録に残されること。だから、あまりことを荒立てないほうがいいと。
 結局僕は、何故か多く支払った千円を返してもらえず、おまけにせめての救済措置だった八万ポイントも手にすることなく家路についた。
 僕はものすごく嫌な気分というか、自分が調子に乗って千円多く払った愚かしさと、そのことについて相手に伝わらない虚しさとでないまぜになって、何十年ぶりかに声に出して泣いた。
 布団に突っ伏して泣くだけ泣いた。妻はまた行けばいいじゃないと慰めてくれるが、もう二度とあの店には行きたくなかった。
 しかし、ものの数十秒ほどで涙はでなくなった。何故かそれ以上泣けないのに、気分は晴れなかった。
 僕は家を飛び出した。革のジャケットを着て車に乗り込むと一人で、暖房も入れずに秋の冷たい雨の中を走り続けた。
 フロントガラスには雨だれが張り付いて視界が悪い。冷え切った空気が肌に刺さるようだったが今はそれが僕の心境と一致しているようで自虐的な陶酔を与えた。
 そこでふと目が覚めた。
 嫌な夢だった。現実にはあり得ないことだらけなのに妙に心境だけはリアルだった。そりゃそうだ。だって、実際に自分は夢の中で体験したのだから。

 あまり人と夢の話をする機会は多くないけれど、僕は夢を多く見る(あるいはよくおぼえている)方だろうと思う。

 今でも、子供の頃に見た様々の夢の断片を忘れられない。

 夢は、僕にとっては多くの気づきや思考を与えてくれる。それはまるで小説に似ているから僕は好きだ。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?