理想の国
暫く、執筆していなかったのでリハビリを兼ね不遜にも星新一氏の手法を真似つつ、試験的な作品を一つ。仕事内容は変わらないのに給料が良くなるなら社長は人だろうが何だろうがなんでもいいよね?
1.
大きな戦争があった。小惑星であれば消し飛ぶほどの火薬と爆薬が消費された。
最終的に世界を巻き込んだ大戦争は、西側の勝利に終わり、東側は敗北した。
二度と戦争をしてはならないと人類は学んだ。戦争は、人命の観点から言えばとてつもない損失だった。一体、その行為の為にどれほどの人々の愛や想いが失われただろうか。一人一人のかけがえのない希望や夢、理想が悲愴な戦場に消え、残された者の枕を濡らす涙となった。
ところが、途方もない数の人間の尊厳を傷つけておきながら、一方で戦争は凄まじい速度で技術の発展を促した。
世界大戦から百年後のある日、L氏の家の前にホバーカーが降り立った。
今となっては誰しもが少しの金さえあれば自由に空を飛び回れる。もともとは無人爆撃機に使用されていた技術だ。
ホバーカーから降りてきたのは友人のR氏だった。何か用事があった時は電子メッセージかホログラム電話で事足りるので実物に会うのは久々だった。ホログラム技術も元は本国の司令部から現地の兵士へミッションブリーフィングを行うときに使用されていた技術だ。高度な暗号通信もそのとき以来の賜物。
ホログラム電話は通話先の相手が見事に目の前に投影されるので特に違和感はないのだが、やはり直接に会うと自然と付加価値が感じられ、思わず顔も綻ぶ。
「やぁ、よくきてくれたね。何年ぶりだろう」
「三年と九ヶ月さ」とスマートグラス越しにR氏がニカっと笑った。スマートグラスはメガネ型のスマートフォンのようなもので、人工知能が搭載されてあるから、会話の中に出てくる疑問は持ち主になんでも教えてくれる。それ表示するかどうか、あるいは口にするかどうかは持ち主の自由というわけ。もちろんこの技術も……。
2.
L氏の家に招かれたR氏は客間に通された。二人は革張りのソファに腰掛ける。家事ロボットが用意した紅茶を飲みながら、旧交を温めた。
二人の話題は思い出話からやがて最近の国内の世情についての話題に変わっていった。
近頃、若者の政治への無関心さが社会問題となっているのだ。
「若かった頃、」とL氏は目を細めた。「——オレもこの国の行く末のことや政治のことについてよく考えることをしなかった。中には政治がダメだとか、良きリーダーがいないとか、そもそもまともな政党がないとか色んな文句があったが、なんだかんだで戦後百年、この国は平和だし、豊かだし、それって結局はうまくやってるんじゃないかと思うんだ」
「そうだろうな。本当に政治がまともじゃなかったのなら、我々はこうして学生時代の友人のんびりおしゃべりしてるはずがないんだ」
R氏も深く同意するように頷いた。
「国難が訪れた時、昔のような学生運動が起こるのかもしれないが、こう生活が豊かなら政治に関心がなくなるのは当然なのかもしれないな」
窓の向こうに見える庭には、うららかな太陽の日差しが燦々と降り注いでいた。
やがて、どこからともなく積乱雲が湧き起こった。
3.
国難が訪れた。
正確に言えばそれは、五十年ほどかけてジワジワと忍び寄る影のようだった。世界構造そのものを変えてしまうほどの革命だった。
おまけにその危機は明確になった今となっても危機なのかどうかは人々の間で見解が割れていた。
世界サミットの初日だった。各国首脳が集まった南の島のホテルの庭で、彼らはその場に居合わせた報道陣と、カメラ越しに全世界へ向けて宣言した。
「今日、全世界の、全人類に対して言うべきことがあります。驚かないでください、というのは無理でしょう。しかし、今、我々は真実を話すべき時が来たと確信しました。これはこれ以上、先延ばしにしていい情報ではありません。——実は、我々は彼方遠くの銀河系からやってきた地球外の生物なのです」
言うと、体が真っ二つに割れて中からは灰色の毛のない生き物が現れた。それも一人ではない、他の首脳も次から次へと波が広がるように人の姿から異形の者へと姿を変えていくではないか。頭と目が極端に大きいことを除けば姿形は人間とあまり変わらないのだがそれが返ってまた不気味。似てるのに非なる存在。
会場には一瞬の静寂ののち、金切声がつんざき、続いてどよめきが湧き起こった。しかし、銃を持った警備員たちは微動だにしない。彼らはすでに何もかも知っていたように混乱する人々をなだめようとしていた。
実は人間だと思っていた各国の政界の主要人物はすべて異星人だったのだ。
彼らは遠く離れた別の銀河系にある惑星の生まれだった。何千年も前、自らの文明によって星を滅ぼしてしまったのだという。そこで、生命の住むことのできる理想的な星を惑星を探して各地の銀河系を探索して回っていたところ、生命の源たる水に恵まれた地球を見つけた。
異星人たちは争いを好まなかった。また、理不尽な不平等も許せなかった。
地球に降り立つ前、彼らは人類の性質を事細かに分析した。
結果、人類は地球外の知的生命体と論理的で平和的かつ平等な交渉などはできないという結論に至った。
平和を愛する彼らは、地球人を滅ぼそうとは考えなかった。かと言ってこの誰のものでもない宇宙でたまたま地球に生まれただけの人類に頭を下げて苦渋を舐めて居候する気もなかった。
彼らは持ち前のテクノロジーを駆使して人間に化けて忍び込み、地球人の歴史と文化を学び、ゆるやかな同化を進めた。そして今や世界各国の政府要人の全てが異星人にすり替わっていたのだ。
この五十年は世界のどこでも戦争も紛争も起きていない。環境汚染や温暖化の問題は快方に向かう一方だ。それらが全て彼らのおかげだったのだとすれば、彼らの功績を認めないわけにはいかない。
ただ、それでも人々の中には異星人に騙されていたのだと落胆し、人と異なる生物に支配されていたことを嫌悪する者もいた。だが、異星人に支配されたからと言って別に奴隷にされるわけでもなければ、何か生活が悪くなるわけでもなかった。
今まで通りの生活と発展を異星人たちは約束している。
「わたしたちの祖先は無計画な文明の発展によって自然を破壊し、母星を滅ぼしてしまった。なんとかしなければと思いつつも国家間の利己的な争いは止まらず、結局最後まで団結できずに破滅してしまった。あなたがたには同じ思いをして欲しくないし、我々も二度とこの冷たい宇宙をアテもなく彷徨うことはしたくないのです」
経験者は語る。そこには説得力があった。
不完全で不合理な人間が人間を支配するよりも、人間を上回る知性を誇る異星人が支配してくれた方が本当の意味で人類は皆平等になったのかもしれないという考え方が次第に強まった。
最初こそショックを受けた人々も数年経てば、あからさまな抵抗を示さなくなった。
一時は異星人から国を取り戻そうとするナショナリズムも高まったが、そう長くは続かなかった。論理的に考えれば何かを犠牲にしてまで、今以上の平和で豊かな生活を手に入れる必要はなかった。むしろ人々の方から進んで革命を起こそうとする不穏な分子を潰す動きの方が強まった。
異星人たちによる支配と交配が進んだ結果、やがては国も国境も不要になった。
宇宙規模で見たら何もかもがちっぽけだった。世界大戦すらも内紛に過ぎなかった。
そのうち、言葉も変わるかもしれない。そうなれば昔の本を読める人も稀になるだろう。
過去が失われたとき、世界は平和になった。同時に何かが失われた。
何が失われたのだろう?
[完]
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