[短編] シール
街中で胸元にシールを付ける人が増えた。シールの貼り付けは義務ではないが、付けておいた方が何かとお得だ。
たとえば、シールに「男性」と書いてあれば月曜日の映画館は割引になる。あるいは、「無職」と書いていれば求人中の喫茶店に入った時に速やかに面接を受けることができる。その日は面接する気分ではないならシールを剥がしてから入店すればいい。
また、中には「恋人募集中」のシールを貼ってる男女が出会って結婚まで発展したケースもある。
そんな具合にわざわざ口で言わなくても、主張する何かをそっと胸に掲げておくだけで思わぬ出会いがある。
ある日、フリーターをやってる友人のタツノブ君が胸に「お腹空いてます」と書いたら、道行く人たちからお菓子をもらったなんて話も聞いた。
タツノブ君は昔からフラフラしていて、職について貯金したら仕事を辞めて海外旅行に行ってしまう。そうして、お金がなくなるとまた戻ってきてバイトしながら職探しをしている。幸い、若くて語学は堪能なので不思議と生活に困ったことはないのだ。
といっても、もう気づけばお互いにアラサーと呼ばれる歳になってしまった。
ある夏の夕暮れ時、仕事帰りに街でバッタリとタツノブ君に再開した。
「やあ、また職探しかい?」
「いや、職はいいんだ。それよりなんだかこの地球も飽きてきてさ」
「地球に飽きるとは、またすごい感覚だな」
見ると、タツノブ君の胸には「宇宙人を探しています」と書いてあるシールが貼ってある。とうとう正気を失ったかと思ったが本人は至って冷静だ。
「もし、地球には既に宇宙人がやって来ているのなら自分も宇宙に連れて行ってもらえないかな、と思ってね」
僕は乾いた笑いしかできなかった。どうやら正気を超えて狂気じみているようだ。
「まあ、頑張ってくれ」
仕事で疲れていた僕はその場を離れた。
それから十年経った。先日、旧友たちと食事をする機会があったが、誰もがタツノブ君とは音信不通になっていた。
友人の一人が「まさか、本当に宇宙人と一緒に宇宙へ行ってたりして」と神妙な顔で呟いた。
真偽を確かめるため、みなさんも胸にシールを貼ってみませんか?
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