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記憶力と作品創造力

◉放置していた下書きを、ちゃんと完成させて公開しようシリーズです。今回は、記憶力と創造性の関係性について。1年半以上放置していたヤツです。以前にTwitter上でやった漫画家・小説家・脚本家へのアンケートで、記憶力についての、ちょっと面白い結果が出ました。まぁ、ある程度は予想はしていた内容ですけれどね。それがコチラ。

作家として投票した50.9%の内の32.4%ですから、63.65%が英単語や年号の記憶が苦手ということですね。逆に記憶が得意だというタイプは50.9%の内の5.7%ですから、11.19%が暗記が得意なタイプ。どちらとも言えないタイプは50.9%の内の12.8%ですから、25.14%と。データとしては母数が足りませんが、10〜15:60〜65:25ぐらいの比率が見えます。ある程度の傾向は見えますね。今回のお題は単純記憶とエピソード記憶と、創造力について。

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■基礎知識として■

人間は、英単語や年号を丸暗記する単純記憶が強いタイプと、物語などといっしょに記憶するエピソード記憶が強いタイプに、大まかに別れます。例えば飲食店などで、客が次から次に出す注文を、メモも取らずに記憶し、間違いなく出す料理人とか普通にいますよね? 伊丹十三監督の映画『タンポポ』でも、ラーメン屋の店主が普通にやっていましたが。これに対して作家は、単純記憶が苦手なタイプが多い印象。

つまり、英単語や日本史や世界史での年号を覚えたりが苦手。でも、エピソード記憶は得意。歴史は暗記教科と考えている人間が多いですが、これは年号や墾田永年私財法とかの用語を問う、アホな出題のせいです。理解しなくてもいい問題が出たら、丸暗記攻略法が発達する。当然ですね。自分も歴史は、高校時代や予備校時代の代ゼミや河合塾の試験では偏差値65〜75)で、得意科目と言ってもいいでしょう。自慢自慢〜♪ 時代劇漫画原作や世界史の本を書くぐらいですから。

でも年号は、645年大化の改新・710年平城京遷都・794年平安京遷都・1600年関ヶ原の戦い・1615年大坂夏の陣・1616年徳川家康死去・1867年明治維新ぐらいしか、自信を持って言えないです。要は語呂合わせで覚えやすいやつだけです。もっとも1192年(いい国)の鎌倉幕府成立は、今では1185年(いい箱)になってるそうで、アウトです。なにしろ、英単語の暗記が苦手すぎて2年も浪人したぐらいですし。連想記憶術のおかげで、なんとか救われましたが。

①漫画制作は記憶力…なのか?

出版社時代に担当した作家はだいたいが、雑多なジャンルに幅広い知識を持っていたのに、単純記憶が苦手なタイプが、圧倒的多数だったのです。その感触に対する、数字的な裏付けが欲しくなったのでアンケートを実施しました。上記リンクどおり、偏った数字が出ました。苦手なタイプが63.65%も。なぜこんなアンケートをしようと思ったのか、発端はこちらの記事です。

それはたぶん、佐渡島庸平氏に前から感じていた違和感の正体なのだろうと、推測したりします。違和感の具体的な内容は、おいおい解明するとして。東大から講談社に入った佐渡島氏は、世間的には間違いなく頭が良いとされる経歴。その経歴を活かして、三田紀房先生と『ドラゴン桜』のような受験作品もヒットさせていますし。ただそれ故に、作品作りをマニュアルやゲームを処理するように理解しているような気が……。

本来は雑多な要素が複雑に絡み合った物語という存在を、非常に単純化して捉えてる節があります。単純化自体は悪くないのですが、単純化させすぎて、本来切り捨てるべきではない部分まで切り捨ててしまってる疑惑。明晰化や構造の抽出ではない、ただの切り捨て。一頃持て囃された絶対音感的な形で、物語を捉えてしまっているのではないか───という疑いが強いのです。

②短期記憶と長期記憶

ひとくちに記憶力と言っても、短期記憶と長期記憶があります。前述のラーメン屋の大将とかが、客が次から次へと繰り出す注文を全部覚えていて間違わないような名人芸は、主に短期記憶。注文をクリアしたらスッと忘れてしまうものです。こんなの、全部覚えていたら頭がパンクしますからね。高速で連続表示された数字を暗算するフラッシュ暗算の名人も、途中で出た数字は、まったく覚えていないそうです。

これが田舎の雑貨屋とかだと、値段が長期間変わらない文房具やタバコなどといっしょに、早ければ数日、長くてもひと月ぐらいで入れ替わる野菜や果物が混在していて、これらは長期的に覚えていても、入れ替わったらサッと忘れるもの。自分はコレも大の苦手で、おふくろや姉貴がすっと覚えてサッと忘れるのが、不思議でしょうがなかったです。ところが物語性のあるものの記憶力は、けっこう良いから困りものでして。

漫画のセリフとか、小中学校の頃は意識しなくても1冊丸々覚えたり。他の体験や五感などと一緒に紐付けて覚えるエピソード記憶は、重なる部分はあっても、やはり別物のようで。実際これだけ英語が苦手だった人間が、タイに半月の一人旅をしたら、けっこうしゃべれるんですよね。単語も、三十路の中年で記憶力が落ちてるのに、覚えられる。要は、会話する中で相手の表情や仕草や状況や音や匂いや気温や湿度…などなど、一見ムダに思える雑多な情報と、紐付けて記憶される訳です。

③力士の日本語が上手い理由

これは、元横綱の曙氏が著書に書かれていましたが。日本に来た力士は、割と短期間で日本語が上達します。年齢的な部分もありますが、それにしても専門の語学講師が付いてるわけでもないのに、ハワイ勢にいてもモンゴル勢にしても、実に短期間で身につけます。少なくとも、会話に関しては。古いところでは力道山も、息子さんが在日コリアンと気付かないぐらいに、日本語が上手かったです。

もちろん、小錦さんや力道山は音楽にも優れていた部分があったので、聴覚能力の差もあるでしょう。でも、ドナルド・キーンさんのような、一般的に高い知性と見做される人──飛び級で超難関校のコロンビア大学に16歳で入学。ハーヴァード大学やケンブリッジ大学や京都大学大学院でも学び、コロンビア大学で博士号も取得──より、日本語の発音が上手いんですから(語る内容はもちろん世界的な学者のキーン氏が圧倒的に深いんですが)。

大相撲の世界では、わざと日本語の会話で失敗させて恥をかかせ、その恥ずかしさとか強烈な体験をさせることで、シチュエーションや言葉の意味や用法、発音が連鎖して強く記憶に残って、語学が上達するんだそうで。普通の語学学校でやったらモラハラやアカハラと呼ばれるでしょうけれど、これも一種のエピソード記憶を利用した、強烈な経験と紐付いた記憶による上達。発音という要素、それだけではない点が重要。

④絶対音感重視の危険性

例えば、絶対音感。これは生活の中のいろんな音が、ドレミファソラシド……の音として捉えることができる能力です。プロのミュージシャンとか、半音違いを聞き分けられたりするので、音楽に疎い自分には羨ましい限りな能力なのですが。でも、これって本来は雑多な要素で構成されている音を、音階に単純化して切り捨てている部分はないのか? そういう疑問もあります。

日本も含め世界中で、せせらぐ小川の横でウトウトしていると突然、小川から「こんにちは」と話しかけられるという現象があります。これは、小川の中に精霊や悪魔や妖怪が潜んでるからではなく。小川のせせらぎ自体は膨大な雑多な音を含んでいて、意識レベルが低くなると、その中から「こんにちは」や「ハロー」やグーデンターク」に当たる部分をピックアップして、無意識に繋ぎ合わせる作業をしているから、と考えられます。

スポーツ選手が極度の集中をしたら音が聞こえなくなり、風景が白黒に見え、スローモーションに見えたと証言しますが。自分も交通事故に遭ったとき、同じ体験をしました。極度に集中した音の情報や色の情報より動きを捉えることが大事で、脳のリソースを振り分けた結果。これは極端な例ですが、人間は実はかなり無意識に、音というモノを取捨選択して聞いている訳です。絶対音感についてか下記論文(PDF)も参照してください。

⑤クリエイティブな脳の活動

ちなみに、【クリエイティブな仕事のプロは脳の活動が普通の人とは違う】という記事もあります。クリエイティブな職業の人間と、そうでない人間とでは、〝近い未来を想像しているときはプロと対照群の間に脳の活動の差はほとんど見られませんでしたが、遠い未来のことまで想像しているときには、プロの脳では「背内側デフォルトモードネットワーク」という部分が活性化することが判明した〟とのこと。

井沢元彦氏が以前、例え話で語っていた例ですが。受験テクニックとして重要なのは、問題をザッと見て、確実に解ける問題・解けるか解けないか半々の問題・解けない問題に分類し、確実に解ける問題で点数を稼ぐことという側面があります。逆に言えば、解けない問題は後回し、あるいは解かない。受験テクニックとしては有効ですが、こんな人間がノーベル賞を獲れるか? たぶんムリですよね。

今まで誰も解いたことのない問題を解いて、解法を見つけたからこそ、ノーベル賞の栄誉を受けるわけで。天才の代名詞になっているかのアインシュタインも、チューリッヒ工科大学の試験に落ちています。追試でなんとか合格しますが、授業はサボってばかりで教授達の不興を買い、卒業後も研究者として大学に残れず。友人の口利きで、ようやく特許庁の職員になっています。非常に示唆的な話ですね。

⑥秀才と受験テクニック

また、吉成真由美著『危険な脳はこうして作られる』によれば、オールA評価を取るような秀才は伸び悩み、研究者として大成できないことが多い……というマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授の嘆きが紹介されています。理系大学としては世界最高峰のひとつであるMITでさえ。これ、受験テクニックの話と、通底しますよね? 天才と秀才は似て非なるモノということで。

遠い未来という、未知の世界を想像するからこそ、脳内の特殊な部位が活性化され、凡人にはできない発想が生まれるわけで。作品作りもそうで、誰かが作った作品をマネしたら、それは盗作です。ところが、編集者の一定数が、今売れている作品の絵柄や設定をマネしろと、作家に強要します。それこそ、昭和30年代でも、それを強要され筆を折ったトキワ荘の漫画家がいたとか。

これも、絵柄〝さえ〟上手ければ・売れ線なら・流行りに乗っかれば、売れるはずという、雑な単純化があります。しかし現実には、Amazonで売れてるトップ100の作品とか、むしろ絵柄が古いとか下手といわれる人の方が、多数派です。確かに絵はキャッチーでとてもー目立つ部分ですが、内容が薄っぺらなら、リピーターは激減する。ここ、重要です。Twitterでバズった作品が思ったほど売れなかったと嘆く編集者も、数字だけ見て内容を見ていない。

⑦サヴァン症候群と作話能力

サヴァン症候群という、特殊な発達障害があります。これは、知的障害がありながら、特定分野で常人離れした能力を発揮します。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズが兄弟役で話題になった映画『レインマン』で、ホフマンが演じた兄レイモンドが、まさにこのサヴァン症候群という設定でした。本を1回読んで丸暗記できたり、4桁の掛け算を瞬時にこなしたりと、常人離れしていました。

サヴァン症候群は他にも、航空写真をチラッと見ただけで細部まで再現できる映像記憶能力や、ランダムな年月日の曜日を言い当てるカレンダー計算、10桁の素数を言えたり、数カ国語を自在に操れたり。もちろん絵画や彫塑、作曲、建築などでも優れた能力を発揮します。羨ましい限りの能力で、そんな能力があったら受験も楽だろうなぁ……と思うのですが。ところが彼らは、小説や脚本や漫画を書くことはできません。

小説を1冊丸暗記できる優れた記憶力がありながら、内容の理解が伴わない。つまり、我々が単純に天才的と考える能力と、作話能力との間には、深くて暗い河があるようです。興味深いのは、小説家はいなくても、詩人のサヴァン症候群の人はいる、ということ。同じ文学に括られがちですが、詩文と小説はまた別の能力であると。だんだん、佐渡島氏の言う記憶力の認識のズレが見えてきましたね? 少なくとも、単純記憶では作話能力は身につかない。

⑧未来予測が苦手な官僚たち

受験テクニックのひとつに、過去問題を解いて傾向と対策を練る、というモノもありますね。自分も二浪したので、赤本はたくさん買いました。どうも、佐渡島氏が奨める方法って、この受験テクニック的なんですよね。編集者や評論家が、いろんな作品の面白さや構造を抽出するぶんには良い方法なのでしょうが、それがクリエイターの発想ではなく、受験テクニックに優れた秀才型の発想です。ハッキリ言えば、前例踏襲の官僚的。

東京大学というのは、官僚育成学校の面もあります。明治維新で中央集権国家を目指した明治新政府にとって、身分や出身に囚われない人材登用と、政治家の手脚となる優秀な官僚の育成は必須。京都大学と東京大学の、ノーベル賞の差はある意味で必然。ものすごく優秀な秀才を官僚にするのが東京大学役割。しかし、その優秀さはクリエイティブな職業のそれとは、質が異なります(優劣は言っていませんので注意を)。

結果的に官僚は、前年度の予算や過去の予算を元に本年度の計画を立てるのは、とても得意です。赤本の過去問題で傾向と対策を練るのと同じで。ところが、未来の変化は予想は苦手で、現状が変化しても柔軟に対応できない。戦後の食糧難の時代に立案された食糧増産計画を、米余りの時代にも継続しようとするのは、官僚のせいばかりではないのですが。そういう柔軟性に欠ける側面があるのは、事実でしょう。経団連も、恐ろしく似た学歴の人々が、雇われ社長をやっていますが。

⑨得手不得手を知るから始まる

自分の知り合いにインターネット黎明期、電話回線をISDNに変えたら、その後にADSLが登場して、再度工事をし直すハメになった男がいましたが。けっきょく彼は、光ファイバーまで含めて3回の工事をすることになったのですが。官僚の立案もコレと同じで、10年後も30年後も社会が変わっていないことを前提に立案される。これは、不確定要素を勘案していては、予算が組めないので仕方がない部分もあります。

前述の、遠い未来を想像するとき、クリエイターの脳内では「背内側デフォルトモードネットワーク」という部分が活性化するという話とも、繋がってきませんか? あまり単純化すると、佐渡島氏と同じ轍を踏むので、あくまでも一般的傾向の話であって、東大生や官僚が全員未来予測が苦手とか、そんな雑な話はしていませんので。福田恆存のように、東大英文学科卒で語学に堪能で劇作家なんて人も、普通にいますから。

もちろん、官僚でも予測がちゃんと出来る人間はいて、昭和16年夏の段階で、日米開戦の帰結を恐ろしく正確に予想してる若手官僚はいたように。でも、より官僚化した軍人達はアメリカの工業力をなめて、マスコミと大衆に煽られて開戦。空母機動部隊が有効とわかったら毎週空母を建造してしまうアメリカ。東条英機もインパール作戦の牟田口廉也中将も、成績優秀な秀才タイプの軍人官僚であったことを、忘れてはいけません。東大よりも陸軍士官学校や海軍兵学校が人気だった時代ですから。秀才ぞろい。

記憶力……と単純化して語ると、プロの作家の中でも11.19%にしか有効でない方法論を適用しようとして、63.65%を切り捨てる危険性に、留意したいです。これは逆に、63.65%を重視して11.19%を切り捨てる可能性もあるので、自戒も込めて。こうやってnoteにして、編集者や作家、教育者に共有したいと思います。知ってる人には今さらの知識ではありますが。こちらのnoteも併せてどうぞ。

※以下は有料ですが、補足的な内容なので、ムリに購入して読む必要はないです。約15500文字のウチの7000文字ちょいは無料で読めますし。

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