それだけで十分
X(旧Twitter)企画「コランダ地方で輝く君へ」交流作品です。
お借りした流れ
お借りした方
•マートルさん
•グランさん
•ルドさん
•メルさん
自宅
•ドラウズ
•ルネスタ
•ゾロア
「この前、ヴァニルでお祭りあったじゃないですか。お忍びで漫才コンビが来ていたらしいですよ」
ワークショップの準備をしながらの、ちょっとした会話の中。話題に上ったのは、ヴァニルシティに来た漫才コンビ(?)の話。
「コンビ名はわからないのですか?」
マートルのごもっともな疑問に、ルネスタは首を横に振った。見た目の特徴しかわからないのだという。
「どちらも長髪で背が高く……片方は茶髪で髭があり、もう片方は色素の薄い髪でシルクハット……髭の方はトゲキッスを連れていて、シルクハットの方はホーホーとヒトモシを連れていたそうです」
ルネスタは、人からその話を聞いてインターネットで検索してみたが、全くヒットしなかったらしい。
「皆さん、何かご存知ないかと思いまして」
「うーん……わからないですね……」
マートルはわからないという。
「ドラウズさん、知りませんか?」
「知らん」
机の上に資料を置きながら、ドラウズが答えた。
「しかし漫才か……笑う事で、不眠症が改善したという話もある。新しいワークショップの題材に良いのではないか?」
「ねむ研で、漫才を披露してもらうという事ですか!?とても良いですね!!所長の許可がもらえたら、オファーしたいところです」
「でも、コンビ名がわからないと、オファー難しいのでは……」
ウキウキのルネスタ、マートルの言葉で現実に戻る。
「後で所長とグランさんに聞いてみましょうか……でも、グランさんは人の名前とか覚えるのが苦手でいらっしゃるから、わからないかもしれませんね……」
頭を抱えるルネスタに、彼女の手持ちのワタッコが近付き、ぽんぽんと肩に触れた。
「まあ、漫才のことは、今日のワークショップが終わってから考えれば良いだろう」
***
ワークショップ参加者を研究所の中で待っていると、突然叫び声が聞こえた。
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「な、何だ?」
ドラウズは急いで外へ出た。
その声はドラウズのかつての仕事仲間、ルドのものだった。
ルドのそばには、グランと背の高い男性、それからドラウズに化けたゾロアが立っていた。
「これはどういう状況だ?」
ドラウズがその現場に合流すると、ルドの叫び声が止まる。
「ドラウズさんが……ふたり?」
「処理落ちしちゃった」
ルドの横にいた背の高い男性が、ポツリと呟く。恐らくルドの知り合いなのだろうと推測しながら、ドラウズはルドに声をかけた。
「ルドベック、俺が二人もいるわけないだろう。そっちはゾロアだ」
「え、ゾロア……?」
ルドが首にスカーフをつけた方のドラウズをよく見ると、後ろにゾロアの尻尾があった。
「ゾロアは人間に化ける時、尻尾が消せないの気にしているんだよね」
グランの言う通り、ゾロアは人間に化ける時、尻尾を消せないことを気にしていた。だから、人間に化ける時はいつも、どことなく自信が無さそうな表情をしている。
ゾロアはぎゅっと目を閉じると、変化を解除した。ルドはしゃがんで、もふもふの可愛らしい化け狐と目線を合わせる。
「とっても良く似ていたよ。俺がビックリしてたの見たでしょ?自信持って大丈夫だよ」
そう言って、持っていた籠の中からクッキーを取り、ゾロアに差し出した。
ルドの言葉を聞き、ゾロアは目を丸くした。そんなことを言われたのは初めてだった。
「……きゅっ」
ゾロアは控えめに鳴いた後、ルドからクッキーを受け取る。
「良かったね、ゾロア」
グランにそう言われて、ゾロアはこくりと頷いた。
***
「ところでルドベックと、そこの……」
「初めまして、メルです」
背の高い男性は、メルという名前らしい。
「初めまして、ドラウズだ。二人はワークショップに参加しに来たのか?」
ドラウズの問いに、ルドは頷きながら言葉を発する。
「それもなんですけど、クッキーを焼いたので、差し入れに来ました」
ルドは籠の中に入ったクッキーを、ドラウズとグランに見せた。籠の中は、ピカチュウやモクロー、モンスターボールなどの形をした可愛らしいクッキーが沢山詰まっている。
「え、ありがとうございます……わぁ、可愛い……これは、二人で作ったのかな」
「みゃほ」
グランの手持ちであるマホイップのアイルが、クッキーに反応した。
「はい、俺とメルの二人で作りました」
その一言を聞いた瞬間、ドラウズの心は喜びに満ちた。
ブラックな研究所に勤めていた頃のルドベックは、お菓子を作る余裕など無かった。
ああ、彼は本当に健康な生活を取り戻したのだ。そう改めて実感することが出来た。
「このクッキーは、ワークショップ終了後に皆でいただこう。ありがとう」
ドラウズはルドとメルに礼を伝えると、二人に「ワークショップ会場に案内しよう」と言い、歩き出した。
「そういえば、ルドベックは何故あんなに叫んだのだ?変化したゾロアにイタズラでもされたか?」「え?ああ……」
ドラウズに問われ、ルドベックは少し言いにくそうに答える。
ゾロアが化けたドラウズがしょんぼりとしているのを見て、自分がドラウズを傷つけてしまったのではないかと思い叫んでしまったと。
「グランさんに、ドラウズさんは友人ではなく、元仕事仲間って言ってしまったんです……それで……」
ドラウズは、ルドの眼鏡の奥の瞳をじっと見つめた。それから「ふっ」と笑ってみせる。
「俺たちが“友人”ではなく“元仕事仲間”だというのは事実なのだから、何も傷つくことはないだろう?」
俺たちは友人ではない。友人と呼ぶには、少々距離が遠いと思う。
だが、別にそれで良い。友人であれ知人であれ、ルドベックの健康な生活を願うことに変わりはない。
「ドラウズさん……?」
「……さて、二人とも。ワークショップの会場に到着したぞ。マートル!説明を頼む!」
「はい。ねむりのワークショップへようこそ。本日の流れについて、ご説明いたします」
……友人になれなくても、お前と言葉を交わすことが出来る。それだけで俺は十分幸せだよ、ルドベック。