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そこに愛はあるのか

X(旧Twitter)企画「コランダ地方で輝く君へ」交流作品です。

舞台:ねむりの研究所(ヴァニルシティ)


お借りした方
グランさん

エプリさん

オリビィさん

ヒマリさん


自宅
ドラウズ

所長、ルネスタ


ベイビィポケモンを寝かしつけるというのは、なかなか大変な作業だ。
それでも何とか昼寝のデータを取るために、研究員達は幼いポケモン達を腕に抱えて、眠るように促す。
「さぁ、ねんねしようね」
最近研究員になったグランは、その優しい声でベイビィを寝かしつける。
「グランさん、育て屋さんのようですねぇ」
「ふふ、そうかな」
ルネスタの言葉に、グランは笑顔のまま首を傾げた。

「おい、お前達早く寝ろ……今は追いかけっこの時間じゃないぞ……!」
「ドラウズさんは苦戦してますねぇ……」

そこに愛はあるのか


逃げるベイビィを追いかけ、ドラウズは肩で息をしている。そんな彼を見兼ねて、ヨルノズクのラヴェンナが寝かしつけに参戦した。
大きな背中に、幼子たちを乗せゆっくり飛行すれば、あっという間に夢の中。
「助かった……ありがとう、ラヴェンナ」
ドラウズが礼を言えば、ラヴェンナは嬉しそうに笑った。
 
「まるで、ゆりかごみたいだね」
グランのその言葉が、ラヴェンナは気に入ったらしい。
次々にベイビィポケモンたちを眠りの世界に誘うラヴェンナ。
「ラヴェンナがいてくれて良かった」
ドラウズの呟きを聞いたのは、ネッコアラのユーカリだった。ユーカリは、いつもはドラウズの腕にしがみついているが、今日は椅子に座らされていた。ユーカリが腕にしがみついているとベイビィを抱っこしにくかったり色々困るので、ドラウズが彼を椅子に座らせたのだ。
ユーカリは椅子から立って、ドラウズの白衣の裾を引っ張る。
 
「どうした……?む、ユーカリちょっと待っててくれ……ピチュー、泣かなくても大丈夫だぞ」
ドラウズはユーカリの動作に反応しようとしたが、彼の腕の中のピチューが泣き出したので、そちらの対応を優先してしまった。ドラウズがピチューを抱きしめて、背中を軽く叩くと、安心したのか瞼を閉じる。

「はぁ……何とか眠った……ユーカリ、待たせたな……!?」
ユーカリは、置いてあったまくら木を持ってきて、無言で暴れ始めた。
「ユーカリ……!?おい、暴れるな……!!」
ドラウズはポケットからモンスターボールを取り出し、ユーカリをボールの中に戻した。
「大丈夫かな」
「仕方あるまい。せっかく眠ったポケモンたちが起きてしまっては困るからな」
心配そうなグランに、ドラウズは「仕方なかったのだ」と繰り返した。
 
***

データは取れたし、報告書も書き終わった。
ドラウズは軽く伸びをして、ユーカリを出してやろうとボールを投げた。先程は暴れていたが、そろそろ落ち着いているだろう。軽い音を立て、ユーカリが姿を現したが、ほんの数秒でボールに戻ってしまう。
「あらら、ご機嫌斜めですか」
「む……」
ルネスタのナゾノクサや、グランのエモンガのチュムたちが、ユーカリのボールに触れるが、ユーカリが出てくる気配は無い。

様子を見ていた所長が、手招きをしてドラウズを呼んだ。
「ドラウズくん。黄金の林檎で、お客さん用の焼き菓子買ってきてくれないかな」
そう言った後で、所長はドラウズにこっそりと耳打ちした。
「それからね、ユーカリくんのこと構ってあげてね」
自分の手持ちのポケモンのケアも、大切なことだからね。所長の言葉に、ドラウズは静かに頷いた。
「……はい」
職員たちに見送られ、ドラウズは研究所を出発した。ユーカリはまだボールから出てこない。

黄金の林檎は、研究所のすぐ近くにある有名なお菓子屋で、ケーキやクッキー等を売っている。ドラウズも時々利用することがあった。
ドアを開くと、可愛らしい鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ。あら、ドラウズさん」
「邪魔するぞ、オリビィ……今日は、焼き菓子を買いに来た」
「それなら、新作のクッキーがあるんですけど、試食されますか?」
ふと、ドラウズがオリビィの頭を見ると、髪飾りの上でタマゲタケがサクサクとクッキーを食べていた。
 
「そうだな、頼む」
オリビィに言ったのとほぼ同時に、店の奥から、オーナーのエプリが出てきた。
「ドラウズさんいらっしゃい!あれ?今日は、ユーカリいないの?いつも腕にくっついてるのに」
「いや、ユーカリは……」
ボールの中にいるぞ。と、言いかけたところで。
ポンッと弾ける音がする。

(お菓子の匂いにつられて出てきたか……)
「あっ!ユーカリ!ボールに入ってたんだね!」
エプリがユーカリに笑顔を向けた。
ユーカリは、ぴょいと跳ねてエプリの腕の中に飛び込んだ。
「ユーカリ、ドラウズさんと喧嘩でもしたの?」
「まぁ、それは良くないわ」
「喧嘩というか……」

***
 
寝たまま生まれ、寝たまま死ぬ。全ての行動は、見ている夢による寝相。
それが、ネッコアラというポケモンだと図鑑は説明している。
と、いうことは。ユーカリが暴れたり、エプリに引っ付くのも、全て夢による寝相ということだ。そんな行動をしてしまう夢を見る原因は何だ。それは、やはり先程の……。

「えっと……ドラウズさん、さっきピチューを優先してユーカリのこと後回しにしちゃったんだね。それのせいで、ユーカリは……ドラウズさんに話かけられると何か嫌な夢を見ちゃう……ってことで合ってる?」
「恐らくだが、大体そんな感じだろう……」
「でも、このままだと困りますよね……」

エプリの腕の中で、オリビィから貰った試食のクッキーをのんびり食べているユーカリ。
「まあまあ、一旦落ち着きましょう。ドラウズさんも、クッキー試食してくださいな」
「ああ、ありがとう……」
渡されたクッキーは、甘さ控えめだった。人間とポケモンどちらも食べることが出来るらしい。
「美味いな。これを貰おう」
「ありがとうございます」
オリビィが、クッキーを袋に詰めている間に、ドラウズはエプリの腕の中にいるユーカリを回収しようと試みる。
「ユーカリ、俺が悪かったから……そろそろ戻って来い」
ユーカリは、ぷいっと横を向いた。
まるで起きているかのように見えるが、勿論これも寝相である。どんな夢なんだ、本当に。

会計を済ませたドラウズは、ユーカリに向かって再度手を伸ばしてみる。
ユーカリは、エプリの腕からするりと抜け出すと、ドラウズの元へは戻らず店の外へ出て行ってしまった。眠りながらの移動は、いつ見ても不思議だ。
「あっ!ドラウズさん、早く追いかけないと!」
「また来てね!」
エプリとオリビィの声を背に受けながら、ドラウズは店を後にした。

***

少し探せば、すぐにユーカリを見つけることが出来た。
ユーカリは何故か、知らない女子高生の声を聞いているようだった。
ドラウズはユーカリを捕まえないで、少し様子を伺うことにした。
「ルチャ様さっきのバトル、やばかった〜!シュッとしてバーン!!って!もう、大大大大〜好き〜〜!!」
知らない女子高生は、彼女の手持ちであろうルチャブルを褒め称え、「大好き」だと伝えていた。

そういえば、ラヴェンナには色々言葉をかける機会が多いが、ユーカリにはあまりそういう機会が無かったな。
ピチューのことはきっかけに過ぎなくて、実はずっとユーカリは何か我慢をしていたのかもしれない。

ドラウズは、ユーカリに愛を伝えるような言葉はあまり言って来なかった。ユーカリが自分の腕にしがみついてくるのを許すことが、ドラウズにとっては愛情表現のつもりだった。
でも、本当はあの女子高生のように「大好き」だと言ってやるべきだったのかもしれない。
ドラウズがそんなことを考えている間に、女子高生がユーカリに気付いた。

「あれ?キミ、かわいーね!迷子かな?」
話かけられたユーカリは、ピシリと固まって動かなくなった。ああ、知らない女子高生の声に話しかけられたから、ユーカリの夢が変化してしまったのだ。ドラウズは、固まったユーカリの元へ駆けてゆく。
「ユーカリ」
ドラウズの声をキャッチして、ユーカリの耳がピクリと動いた。
「あっ、この子のトレーナーさん?」
「ああ。こいつは俺のポケモンだ」
ドラウズがしゃがんで、ユーカリを捕まえた。

「ユーカリ、すまん。そろそろ本当に戻って来てくれないか。俺はな、お前が思っているより、ずっとお前が好きだぞ。だから、逃げられると寂しい……」
いつもより少し小さな研究員の声を、ユーカリは確かに聞いた。その言葉を聞き届けた後、ユーカリは「ふっ」と笑った。それからドラウズの腕にしがみついて、動かなくなった。

ずっと穏やかな夢を見ていてほしい。悪夢を見た時は、穏やかな夢に戻してやりたい。そう思うくらいには、俺はユーカリが好きで、大事で……。

「何か、トラブってた感じ?」
「もう解決したから問題ない!」
ルチャブルのトレーナーの女子高生に、ドラウズは胸を張って答えた。いつもの元気が戻ったらしい。

「君は新人トレーナーか?」
ドラウズの問いに、女子高生が頷いた。
「あたし、ヒマリ!こっちはルチャ様!」
「そうか。俺はドラウズだ。ねむりの研究所所属の研究員だ」
自己紹介をしながら、ドラウズはヒマリに名刺を渡した。
「名刺のついでにこれも」
持ち歩いていた“ねむけざまし”のスプレーボトルを、ヒマリに手渡した。
ユーカリ騒動の解決の糸口を見つけることが出来たのは、彼女の「ルチャ様大好き」という言葉のおかげなので、ねむけざましは、そのお礼のつもりだった。

一方、ドラウズの腕に戻ったユーカリは、穏やかな夢を見ていた。ベビーパウダーとスパイスクッキーの匂いに包まれ、そばには離れ難い温もりがあり、聞き慣れた低くて優しい声が響く素敵な夢。

『すきだよ、ドラウズ』
ユーカリの寝言は、ポケモンの言葉が理解出来ない研究員には届かない。届かないが、確かにそこには愛が存在していた。


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