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月の王子様と科学者

「あれ、先客がいたんだ」
誰もいないと思っていた放課後の図書室。
小恋美が扉を開けると、そこにはすでに一人の男子生徒の姿があった。

―――月の王子様と科学者

モスグリーンの髪、透き通った青い瞳。
小恋美は彼を知っていた。
「こんにちは、社紬くん」
「なんで僕を知っているの?」
社紬と伊藤小恋美は同じクラスになったことは一度もない。
小恋美が一方的に知っている。
彼は、小恋美の友人である和平よねの想い人だ。

「よねちゃんから、あなたの話沢山聞いているからね。写真も見せてもらったことがあるし」
ふふっと声を出して笑ってから、小恋美は本棚へ近付いて本を選びはじめる。

「そういえば先生、いないのかな」
「会議だって」
そっか、と紬に返事をして、小恋美は本棚からいくつか本を取り出した。
全て天体に関する本だった。

***

「星とか月とか、好きなの?」
「私が科学に興味を持った原点なんだよね」
貸し出し手続きをして、紬の方を振り返る。

「夜ドライブしてて、月がいつまでもついてくるのが見えて。それが不思議だって思ったんだよ、昔」

そして幼い彼女は、天体についての勉強を開始した。今では天体だけでなく、色々な分野に興味を持っている。

興味の幅が広がった今も、時々天体に関する本を読む。そうやって、最初に感じた「不思議」を忘れないようにしている。

「この町は、空気が綺麗だから、星も月もよく見えて好きなんだよ」
「…じゃあ、天体観測とか行くの?」
「7月の?一応チラシはもらってみたけど…」

鞄からペラリと取り出された、天体観測のお知らせのチラシ。
昨年は、友人が誘ってくれて一緒に参加した。

今年は誘いたい人がいる。
『薫君は、誘ったら一緒に来てくれるかなぁ』
彼のことを考えると、甘い気持ちで胸が満たされる。頬が緩みそうになる。
が、今緩めると紬に見られてしまうので、小恋美はぶんぶんと首を横に振った。

***

「天体観測さあ、社君はよねちゃん誘って行かないの?」
「…わからない」

図書室から出て、下駄箱まで二人で歩いていく。
紬は物静かな性格で、けれど会話はそれなりに続いた。

『よねちゃんの王子様、ね』
月のように静かで、優しい人間。
この人なら、あの子を幸せにするだろう。

『友達を悲しませるような奴だったら、私のモルモットにしようと思ってたけど』
その心配もなさそうだ。

あたたかい太陽みたいなお姫様と、静かで優しい月のような王子様。
いつまでも幸せに暮らしなさいな。

「社君」「うん?」
すっ、と息を吸って、言葉を発する。

「よねちゃん、社君から誘われたらきっと喜ぶと思うよ」
だから頑張ってよ、王子様。

友人の幸せを願う科学者は、王子様の背中を押した。

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